法律学研究支援室

判例 H16.07.12 第一小法廷・決定 平成15(あ)1815 大麻取締法違反,出入国管理及び難民認定法違反被告事件(第58巻5号333頁)

判示事項:
1 おとり捜査の許容性
2 大麻の有償譲渡を企図していると疑われる者を対象にして行われたおとり捜査が適法とされた事例

要旨: 
1 直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象にして行われるおとり捜査は,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容される。
2 大麻の有償譲渡を企図していると疑われる者を対象にして行われた本件おとり捜査(判文参照)は,麻薬取締官において,取引の場所を準備し,大麻を買い受ける意向を示し,取引の場に大麻を持参するように仕向けたとしても,適法である。

参照・法条: 刑訴法197条1項

内容:
件名  大麻取締法違反,出入国管理及び難民認定法違反被告事件 (最高裁判所 平成15(あ)1815 第一小法廷・決定 棄却)
原審  H15.07.07 大阪高等裁判所 (平成13(う)1407)

主    文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中240日を第1審判決の懲役刑に算入する。

理    由

(上告趣意に対する判断)

 弁護人橋正俊の上告趣意第1は,本件大麻樹脂の取引は麻薬取締官やその意を受けた捜査協力者から被告人に対し執ように働き掛けてきたもので,被告人は大麻樹脂の取引にかかわりたくないと考えていたものの,捜査協力者から大麻樹脂が用意できなければ自分の立場が危ないと懇請され,同人の頼みを断り切れずに大麻樹脂を調達したものであって,かかるおとり捜査は憲法13条及び31条に違反する旨主張するが,原判決の認定に沿わない事実関係を前提とするものであるから,所論は前提を欠き,その余の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

(職権判断)

 なお,所論にかんがみ,本件おとり捜査の適否について職権で判断する。

 1 原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の捜査経過は,次のとおりである。

 (1) 被告人は,我が国であへんの営利目的輸入や大麻の営利目的所持等の罪により懲役6年等に処せられた前科のあるイラン・イスラム共和国人で,上記刑につき大阪刑務所で服役後,退去強制手続によりイランに帰国し,平成11年12月30日偽造パスポートを用いて我が国に不法入国した。

 (2) 上記捜査協力者(以下,単に「捜査協力者」という。)は,大阪刑務所で服役中に被告人と知り合った者であるが,自分の弟が被告人の依頼に基づき大麻樹脂を運搬したことによりタイ国内で検挙されて服役するところとなったことから,被告人に恨みを抱くようになり,平成11年中に2回にわたり,近畿地区麻薬取締官事務所に対し,被告人が日本に薬物を持ち込んだ際は逮捕するよう求めた。 

 (3) 被告人は,平成12年2月26日ころ,捜査協力者に対し,大麻樹脂の買手を紹介してくれるよう電話で依頼したところ,捜査協力者は,大阪であれば紹介できると答えた。被告人の上記電話があるまで,捜査協力者から被告人に対しては,大麻樹脂の取引に関する働き掛けはなかった。捜査協力者は,同月28日,近畿地区麻薬取締官事務所に対し,上記電話の内容を連絡した。同事務所では,捜査協力者の情報によっても,被告人の住居や立ち回り先,大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず,他の捜査手法によって証拠を収集し,被告人を検挙することが困難であったことから,おとり捜査を行うことを決めた。同月29日,同事務所の麻薬取締官と捜査協力者とで打合せを行い,翌3月1日に新大阪駅付近のホテルで捜査協力者が被告人に対し麻薬取締官を買手として紹介することを決め,同ホテルの一室を予約し,捜査協力者から被告人に対し同ホテルに来て買手に会うよう連絡した。

 (4) 同年3月1日,麻薬取締官は,上記ホテルの一室で捜査協力者から紹介された被告人に対し,何が売買できるかを尋ねたところ,被告人は,今日は持参していないが,東京に来れば大麻樹脂を売ることができると答えた。麻薬取締官は,自分が東京に出向くことは断り,被告人の方で大阪に持って来れば大麻樹脂2sを買い受ける意向を示した。そこで,被告人がいったん東京に戻って翌日に大麻樹脂を上記室内に持参し,改めて取引を行うことになった。その際,麻薬取締官は,東京・大阪間の交通費の負担を申し出たが,被告人は,ビジネスであるから自分の負担で東京から持参すると答えた。

 (5) 同月2日,被告人は,東京から大麻樹脂約2sを運び役に持たせて上記室内にこれを運び入れたところ,あらかじめ捜索差押許可状の発付を受けていた麻薬取締官の捜索を受け,現行犯逮捕された。

 2 以上の事実関係によれば,本件において,いわゆるおとり捜査の手法が採られたことが明らかである。おとり捜査は,捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が,その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け,相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが,【要旨1】少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。

 【要旨2】これを本件についてみると,上記のとおり,麻薬取締官において,捜査協力者からの情報によっても,被告人の住居や大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず,他の捜査手法によって証拠を収集し,被告人を検挙することが困難な状況にあり,一方,被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていたのであるから,麻薬取締官が,取引の場所を準備し,被告人に対し大麻樹脂2sを買い受ける意向を示し,被告人が取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても,おとり捜査として適法というべきである。したがって,本件の捜査を通じて収集された大麻樹脂を始めとする各証拠の証拠能力を肯定した原判断は,正当として是認できる。

 よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 泉 コ治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴)

この判例に関する評釈

判例タイムズ1162号137頁
「最新判例演習室」 岡田悦典(南山大学助教授) 法学セミナー602号124頁(2005年)
大澤裕(名古屋大学教授) ジュリスト1291号190頁平成16年度重要判例解説(2005年)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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