法律学研究支援室

判例 平成17年07月04日 第二小法廷決定 平成15年(あ)第1468号 殺人被告事件

要旨:
 入院中の患者を退院させてその生命に具体的な危険を生じさせた上,その親族から患者に対する手当てを全面的にゆだねられた者につき,不作為による殺人罪が成立するとされた事例

内容:  件名 殺人被告事件 (最高裁判所 平成15年(あ)第1468号 平成17年07月04日 第二小法廷決定 棄却)

 原審 東京高等裁判所 (平成14年(う)第1215号)

主    文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中250日を本刑に算入する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理    由

 弁護人西村正治及び被告人本人の各上告趣意のうち,憲法21条違反をいう点は,本件公訴の提起及び審理が被告人やその関係する団体に対する予断等に基づくものとは認められないから,前提を欠き,その余の弁護人西村正治の上告趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であり,その余の被告人本人の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,引用の判例が事案を異にし,あるいは所論のような趣旨を判示したものではないから,前提を欠き,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,いずれも適法な上告理由に当たらない。

なお,所論にかんがみ,不作為による殺人罪の成否につき,職権で判断する。

 1 原判決の認定によれば,本件の事実関係は,以下のとおりである。

 (1) 被告人は,手の平で患者の患部をたたいてエネルギーを患者に通すことにより自己治癒力を高めるという「シャクティパット」と称する独自の治療(以下「シャクティ治療」という。)を施す特別の能力を持つなどとして信奉者を集めていた。

 (2) Aは,被告人の信奉者であったが,脳内出血で倒れて兵庫県内の病院に入院し,意識障害のため痰の除去や水分の点滴等を要する状態にあり,生命に危険はないものの,数週間の治療を要し,回復後も後遺症が見込まれた。Aの息子Bは,やはり被告人の信奉者であったが,後遺症を残さずに回復できることを期待して,Aに対するシャクティ治療を被告人に依頼した。

 (3) 被告人は,脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったが,Bの依頼を受け,滞在中の千葉県内のホテルで同治療を行うとして,Aを退院させることはしばらく無理であるとする主治医の警告や,その許可を得てからAを被告人の下に運ぼうとするBら家族の意図を知りながら,「点滴治療は危険である。今日,明日が山場である。明日中にAを連れてくるように。」などとBらに指示して,なお点滴等の医療措置が必要な状態にあるAを入院中の病院から運び出させ,その生命に具体的な危険を生じさせた。

 (4) 被告人は,前記ホテルまで運び込まれたAに対するシャクティ治療をBらからゆだねられ,Aの容態を見て,そのままでは死亡する危険があることを認識したが,上記(3)の指示の誤りが露呈することを避ける必要などから,シャクティ治療をAに施すにとどまり,未必的な殺意をもって,痰の除去や水分の点滴等Aの生命維持のために必要な医療措置を受けさせないままAを約1日の間放置し,痰による気道閉塞に基づく窒息によりAを死亡させた。

 2 以上の事実関係によれば,被告人は,自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上,患者が運び込まれたホテルにおいて,被告人を信奉する患者の親族から,重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際,被告人は,患者の重篤な状態を認識し,これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから,直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず,未必的な殺意をもって,上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には,不作為による殺人罪が成立し,殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。

 以上と同旨の原判断は正当である。

 よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項本文,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 福田 博 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野 修 裁判官 今井 功)

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