法律学研究支援室

判例 平成17年03月10日 第一小法廷判決 平成13年(オ)第656号、平成13年(受)第645号 建物明渡請求事件

要旨:
 1 所有者から占有権原の設定を受けて抵当不動産を占有する者に対して抵当権に基づく妨害排除請求をすることができる場合
2 抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり抵当権者が直接自己への抵当不動産の明渡しを請求することの可否
3 抵当権者は,抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではない

内容:  件名 建物明渡請求事件 (最高裁判所 平成13年(オ)第656号、平成13年(受)第645号 平成17年03月10日 第一小法廷判決 一部棄却,一部破棄自判)

 原審 東京高等裁判所 (平成11年(ネ)第3608号)

主    文
1 原判決主文第3項を破棄し,同部分に係る被上告人の請求を棄却する。
2 賃借権侵害による不法行為に基づく賃料相当損害金の支払請求に係る被上告人の控訴を棄却する。
3 上告人のその余の上告を棄却する。
4 控訴費用及び上告費用は,これを3分し,その1を被上告人の負担とし,その余を上告人の負担とする。

理    由

 第1 事案の概要

 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,平成元年9月5日,A社(以下「A社」という。)との間で,A社所有の土地上に地下1階付9階建ホテル(以下「本件建物」という。)を請負代金17億9014万円で建築する旨の請負契約を締結し,平成3年4月30日,本件建物を建築して完成させたものの,A社が請負代金の大部分を支払わなかったため,その引渡しを留保した。

 (2) A社は,平成4年4月ころ,被上告人との間で,請負残代金が17億2906万円余であることを確認し,これを同年5月から8月まで毎月末日限り500万円ずつ支払い,同年9月末日に残りの全額を支払うこと,被上告人の請負残代金債権を担保するため,本件建物及びその敷地につき,いずれも被上告人を権利者として,抵当権(以下「本件抵当権」という。)及び停止条件付賃借権(以下「本件停止条件付賃借権」という。)を設定すること,本件建物を他に賃貸する場合には被上告人の承諾を得ることを合意した(以下「本件合意」という。)。本件停止条件付賃借権は,本件抵当権の実行としての競売が申し立てられることなどを停止条件とするものであって,本件建物の使用収益を目的とするものではなく,本件建物及びその敷地の交換価値の確保を目的とするものであった。そして,A社は,本件合意に基づき,同年5月8日,本件抵当権設定登記と本件停止条件付賃借権設定仮登記を了した。そこで,被上告人は,A社に対し,本件建物を引き渡した。

 (3) ところが,A社は,本件合意に違反し,上記分割金の弁済を一切行わず,しかも,平成4年12月18日,被上告人の承諾を得ずに,B社(以下「B社」という。)に対し,賃料月額500万円,期間5年,敷金5000万円の約定で本件建物を賃貸して引き渡した(以下,この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)。その後,平成5年3月に敷金を1億円に増額し,同年5月1日に賃料を月額100万円に減額するとの合意がそれぞれされたが,敷金が実際に交付されたか否かは定かでない。

(4) B社は,平成5年4月1日,被上告人の承諾を得ずに,上告人に対し,賃料月額100万円,期間5年,保証金1億円の約定で本件建物を転貸して引き渡した(以下,この転貸借契約を「本件転貸借契約」という。)。不動産鑑定士の意見書によれば,本件建物の適正賃料額は,平成7年1月31日時点で月額592万円,平成10年10月26日時点で月額613万円とされており,本件転貸借契約の賃料額は,適正な額を大幅に下回るものであった。

 (5) 上告人とB社の代表取締役は同一人である。また,A社の代表取締役は,平成6年から平成8年にかけて上告人の取締役の地位にあった者である。なお,A社は,平成8年8月6日に銀行取引停止処分を受けて事実上倒産した。

 (6) 被上告人は,平成10年7月6日,東京地方裁判所八王子支部に対し,本件建物及びその敷地につき,本件抵当権の実行としての競売を申し立てた。本件建物の最低売却価額は,平成12年2月23日に6億4039万円であったものが,同年10月16日には4億8029万円に引き下げられたものの,本件建物及びその敷地の売却の見込みは立っていない。このように,本件建物及びその敷地の競売手続による売却が進まない状況の下で,A社の代表取締役は,被上告人に対し,本件建物の敷地に設定されている本件抵当権を100万円の支払と引換えに放棄するように要求した。

 2 被上告人は,上告人に対し,第1審において,上告人による本件建物の占有により本件停止条件付賃借権が侵害されたことを理由に,賃借権に基づく妨害排除請求として,本件建物を明け渡すこと及び賃借権侵害による不法行為に基づき賃料相当損害金を支払うことを請求したところ,第1審はこの請求をいずれも棄却した。これに対し,被上告人が,控訴し,原審において,上記請求と選択的に,上告人による本件建物の占有により本件抵当権が侵害されたことを理由に,抵当権に基づく妨害排除請求として,本件建物を明け渡すこと及び抵当権侵害による不法行為に基づき賃料相当損害金を支払うことを追加して請求したところ,原審はこの追加請求をいずれも認容した。

 第2 上告代理人相澤建志,同藤井秀夫の上告受理申立て理由1について

 1 所有者以外の第三者が抵当不動産を不法占有することにより,抵当不動産の交換価値の実現が妨げられ,抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは,抵当権者は,占有者に対し,抵当権に基づく妨害排除請求として,上記状態の排除を求めることができる(最高裁平成8年(オ)第1697号同11年11月24日大法廷判決・民集53巻8号1899頁)。そして,抵当権設定登記後に抵当不動産の所有者から占有権原の設定を受けてこれを占有する者についても,その占有権原の設定に抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められ,その占有により抵当不動産の交換価値の実現が妨げられて抵当権者の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるときは,抵当権者は,当該占有者に対し,抵当権に基づく妨害排除請求として,上記状態の排除を求めることができるものというべきである。なぜなら,抵当不動産の所有者は,抵当不動産を使用又は収益するに当たり,抵当不動産を適切に維持管理することが予定されており,抵当権の実行としての競売手続を妨害するような占有権原を設定することは許されないからである。

 また,抵当権に基づく妨害排除請求権の行使に当たり,抵当不動産の所有者において抵当権に対する侵害が生じないように抵当不動産を適切に維持管理することが期待できない場合には,抵当権者は,占有者に対し,直接自己への抵当不動産の明渡しを求めることができるものというべきである。

 2 これを本件についてみると,前記事実関係によれば,次のことが明らかである。

 本件建物の所有者であるA社は,本件抵当権設定登記後,本件合意に基づく被担保債権の分割弁済を一切行わなかった上,本件合意に違反して,B社との間で期間を5年とする本件賃貸借契約を締結し,その約4か月後,B社は上告人との間で同じく期間を5年とする本件転貸借契約を締結した。B社と上告人は同一人が代表取締役を務めており,本件賃貸借契約の内容が変更された後においては,本件賃貸借契約と本件転貸借契約は,賃料額が同額(月額100万円)であり,敷金額(本件賃貸借契約)と保証金額(本件転貸借契約)も同額(1億円)である。そして,その賃料額は適正な賃料額を大きく下回り,その敷金額又は保証金額は,賃料額に比して著しく高額である。また,A社の代表取締役は,平成6年から平成8年にかけて上告人の取締役の地位にあった者であるが,本件建物及びその敷地の競売手続による売却が進まない状況の下で,被上告人に対し,本件建物の敷地に設定されている本件抵当権を100万円の支払と引換えに放棄するように要求した。

 以上の諸点に照らすと,本件抵当権設定登記後に締結された本件賃貸借契約,本件転貸借契約のいずれについても,本件抵当権の実行としての競売手続を妨害する目的が認められるものというべきであり,しかも,上告人の占有により本件建物及びその敷地の交換価値の実現が妨げられ,被上告人の優先弁済請求権の行使が困難となるような状態があるということができる。

 また,上記のとおり,本件建物の所有者であるA社は,本件合意に違反して,本件建物に長期の賃借権を設定したものであるし,A社の代表取締役は,上告人の関係者であるから,A社が本件抵当権に対する侵害が生じないように本件建物を適切に維持管理することを期待することはできない。

 3 そうすると,被上告人は,上告人に対し,抵当権に基づく妨害排除請求として,直接自己への本件建物の明渡しを求めることができるものというべきである。被上告人の本件建物の明渡請求を認容した原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

 第3 上告代理人相澤建志,同藤井秀夫の上告理由について

 民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは,民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ,本件上告理由は,理由の不備をいうが,その実質は単なる法令違反を主張するものであって,上記各項に規定する事由に該当しない。

 第4 職権による検討

 1 原審は,上告人の占有により本件抵当権が侵害され,被上告人に賃料額相当の損害が生じたとして,前記のとおり,抵当権侵害による不法行為に基づく被上告人の賃料相当損害金の支払請求を認容した。

 2 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 抵当権者は,抵当不動産に対する第三者の占有により賃料額相当の損害を被るものではないというべきである。なぜなら,抵当権者は,抵当不動産を自ら使用することはできず,民事執行法上の手続等によらずにその使用による利益を取得することもできないし,また,抵当権者が抵当権に基づく妨害排除請求により取得する占有は,抵当不動産の所有者に代わり抵当不動産を維持管理することを目的とするものであって,抵当不動産の使用及びその使用による利益の取得を目的とするものではないからである。そうすると,原判決中,上記請求を認容した部分は,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,破棄を免れない。そして,上記説示によれば,上記請求は理由がないから,これを棄却することとする。

 3 また,上記請求と選択的にされている賃借権侵害による不法行為に基づく賃料相当損害金の支払請求については,前記事実関係によれば,本件停止条件付賃借権は,本件建物の使用収益を目的とするものではなく,本件建物及びその敷地の交換価値の確保を目的とするものであったのであるから,上告人による本件建物の占有により被上告人が賃料額相当の損害を被るということはできない。そうすると,第1審判決中,賃借権侵害による不法行為に基づく賃料相当損害金の支払請求を棄却した部分は正当であるから,これに対する被上告人の控訴を棄却することとする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 泉 コ治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴)

この判例に関する評釈

丸山絵美子(筑波大学助教授) 法学セミナー607号120頁(2005年)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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