法律学研究支援室

判例 H15.12.16 第三小法廷・判決 平成14(オ)545、平成14(受)546 損害賠償請求事件(第57巻11号2265頁)

判示事項:
 農業協同組合が退任した理事に対して提起する訴えについての組合の代表理事の代表権の有無

要旨:
 農業協同組合の代表理事は,過去において組合の理事であったが訴え提起時においてその地位にない者に対して組合が提起する訴えについて,組合を代表する権限を有する。

参照・法条:
 商法78条1項,商法261条3項,商法275条ノ4,農業協同組合法39条2項,民訴法37条

内容:
 件名  損害賠償請求事件 (最高裁判所 平成14(オ)545、平成14(受)546 第三小法廷・判決 棄却)
 原審  H13.12.26 東京高等裁判所 (平成13(ネ)3975)

主    文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人金田悦郎の上告理由及び上告受理申立て理由について

 1 記録によれば,本件の概要は,次のとおりである。

 (1) 上告人は,昭和56年12月16日から平成5年4月25日までの間,A農業協同組合(以下「旧組合」という。)の専務理事の地位にあった。

 (2) 旧組合は,第1審判決別紙「有価証券売却表」記載のとおり,平成元年9月20日から平成2年2月15日にかけて株式投資信託を購入したが,旧組合においては,同年4月22日に定款が改正されるまでは,投資信託の購入は,定款上,認められていなかった。

 (3) 旧組合は,平成11年7月28日,上告人に対し,旧組合がした上記投資信託の購入に関し,上告人に理事としての善管注意義務又は忠実義務に違反する行為があったなどと主張して,上記投資信託の値下がりにより旧組合が被った損害の賠償を求める本件訴訟を提起した。

 (4) 旧組合は,平成12年3月1日に他の農業協同組合と合併し,被上告人が設立された。

 (5) 本件訴訟は,旧組合の代表理事であるBを代表者として提起され,同人から委任された訴訟代理人によって追行されたものであり,上記合併後は,上記合併により旧組合の訴訟上の地位を承継した被上告人の代表理事であるCから委任された訴訟代理人により追行されている。

 (6) 上告人は,退任後の理事である上告人を相手方として提起された本件訴訟において旧組合及びその地位を承継した被上告人を代表する権限を有するのは,その監事であるから,旧組合及び被上告人の代表理事から委任を受けた訴訟代理人による本件訴訟の提起,追行は,訴訟行為をするのに必要な授権を欠いている旨主張している。

 2 商法275条ノ4前段の規定(以下,単に「前段の規定」といい,同条後段の規定を「後段の規定」という。)は,会社が取締役に対し又は取締役が会社に対し訴えを提起する場合においては,その訴えについては監査役が会社を代表する旨を定めており,農業協同組合法39条2項は,農業協同組合の監事について,商法275条ノ4の規定を,その規定中の「取締役」を「理事若ハ経営管理委員」と読み替えるなどした上で準用している。

 そこで,まず,商法275条ノ4の規定の趣旨等についてみるに,会社の代表取締役は,特別の法律の定めがない限り,その営業に関する一切の裁判上の行為をする権限を有し,会社が当事者となる訴訟において会社を代表する権限を有するものである(商法261条3項,78条1項)。前段の規定は,その特則規定として,会社と取締役との間の訴訟についての会社の代表取締役の代表権を否定し,監査役が会社を代表する旨を定めているが,その趣旨,目的は,訴訟の相手方が同僚の取締役である場合には,会社の利益よりもその取締役の利益を優先させ,いわゆるなれ合い訴訟により会社の利益を害するおそれがあることから,これを防止することにあるものと解される(最高裁平成元年(オ)第1006号同5年3月30日第三小法廷判決・民集47巻4号3439頁,最高裁平成9年(オ)第1218号同年12月16日第三小法廷判決・裁判集民事186号625頁参照)。

 そして,過去において会社の取締役であったが,訴え提起時においてその地位にない者(以下「退任取締役」という。)が前段の規定中の「取締役」に含まれると解するのは文理上困難であること,これを実質的にみても,訴訟の相手方が退任取締役である場合には,その相手方が同僚の取締役である場合と同様の,いわゆるなれ合い訴訟により会社の利益を害するおそれがあるとは一概にいえないことにかんがみると,前段の規定にいう取締役とは,訴え提起時において取締役の地位にある者をいうものであって,退任取締役は,これに含まれないと解するのが相当である。

 そうすると,前段の規定は,会社と退任取締役との間の訴訟についての会社の代表取締役の代表権を否定する特則規定ではないから,会社の代表取締役は,会社が退任取締役に対して提起する訴えについて会社を代表する権限を有するものと解すべきである。

 もっとも,後段の規定は,商法267条1項の規定により株主が同項所定の「取締役ノ責任ヲ追及スル訴」の提起を会社に請求する場合におけるその請求を受けること等について監査役が会社を代表する旨を定めている。その趣旨は,監査役が取締役の職務の執行を監査する権限を有し(商法274条1項),前段の規定により会社と取締役との間の訴訟については監査役が会社を代表する旨定められたことから,上記「取締役ノ責任ヲ追及スル訴」の提訴請求を会社が受けること等についても,上記監査の権限を有する監査役において会社を代表することとされたものである。そして,後段の規定の趣旨及び上記「取締役ノ責任ヲ追及スル訴」には退任取締役に対するその在職中の行為についての責任を追及する訴訟も含まれ,その提訴請求等についても監査役が会社を代表して受けることとされていることにかんがみると,後段の規定は,監査役において,このような退任取締役に対する責任追及訴訟を提起するかどうかを決定し,その提起等について会社を代表する権限を有することを前提とするものであり,その権限の存在を推知させる規定とみるべきである。そうすると,監査役は,後段の規定の趣旨等により,退任取締役に対するその在職中の行為についての責任を追及する訴訟について会社を代表する権限を有するものと解するのが相当である。

 上記のように解する場合には,代表取締役の上記訴訟における代表権限が否定されることになるのかが問題となるが,退任取締役に対する上記訴訟における監査役の代表権限が前段の規定を直接的な根拠とするものでないことは,前段の規定に関して前記説示したところから明らかである。監査役の上記代表権限の根拠は,上記のとおり,後段の規定の趣旨等によるものであり,前段の規定のような会社の代表取締役の代表権を否定する特則規定としては定められていないことからすると,監査役が退任取締役に対する上記訴訟について会社を代表する権限を有することは,会社と退任取締役との間の訴訟についての会社の代表取締役の代表権を否定するものではないと解すべきである。

 3 以上の点は,商法275条ノ4の規定を準用する農業協同組合法39条2項の解釈においても同様である。すなわち,同項の規定により読み替えられる農業協同組合(以下「組合」という。)の「理事」には,訴え提起時において退任している理事は含まれないものと解すべきであるから,同項の規定により準用される商法275条ノ4の規定は,組合と退任した理事との間の訴訟について組合の代表理事の代表権を否定する特則規定ではないというべきである。そうすると,【要旨】組合の代表理事は,組合が退任した理事に対して提起する訴えについて組合を代表する権限を有するものと解するのが相当である。

 してみると,旧組合の代表理事を代表者として提起され,同人及び訴訟を承継した被上告人の代表理事から委任された訴訟代理人により追行された本件訴訟における被上告人の訴訟行為には,違法とすべき点は認められないというべきである。原判決は,これと同旨をいうものとして是認することができる。論旨は,いずれも採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三)

この判例に関する評釈

「時の判例」 太田晃詳(最高裁判所調査官) ジュリスト1270号183頁(2004年)
「最新判例批評」 畠田公明(福岡大学教授) 判例時報1876号191頁(判例評論549号29頁)
「最新判例演習室」 鳥山恭一(早稲田大学教授) 法学セミナー597号114頁(2004年)
「時の判例」 伊藤靖史(同志社大学助教授) 法学教室286号106頁(2004年)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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