法律学研究支援室

判例 H15.02.14 第二小法廷・判決 平成13(あ)1678 覚せい剤取締法違反,窃盗被告事件(第57巻2号121頁)

判示事項:
1 逮捕当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力が逮捕手続に重大な違法があるとして否定された事例
2 捜索差押許可状の発付に当たり疎明資料とされた被疑者の尿に関する鑑定書が違法収集証拠として証拠能力を否定される場合において同許可状に基づく捜索により発見押収された覚せい剤等の証拠能力が肯定された事例

要旨:
1 被疑者の逮捕手続には,逮捕状の呈示がなく,逮捕状の緊急執行もされていない違法があり,これを糊塗するため,警察官が逮捕状に虚偽事項を記入し,公判廷において事実と反する証言をするなどの経緯全体に表れた警察官の態度(判文参照)を総合的に考慮すれば,本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を没却するような重大なものであり,本件逮捕の当日に採取された被疑者の尿に関する鑑定書の証拠能力は否定される。
2 捜索差押許可状の発付に当たり疎明資料とされた被疑者の尿に関する鑑定書が違法収集証拠として証拠能力を否定される場合であっても,同許可状に基づく捜索により発見され,差し押さえられた覚せい剤及びこれに関する鑑定書は,その覚せい剤が司法審査を経て発付された令状に基づいて押収されたものであり,同許可状の執行が別件の捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど判示の事情の下では,証拠能力を否定されない。

参照・法条:  刑訴法1条,刑訴法73条3項,刑訴法201条,刑訴法218条1項,刑訴法221条,刑訴法317条

内容:
件名  覚せい剤取締法違反,窃盗被告事件 (最高裁判所 平成13(あ)1678 第二小法廷・判決 一部棄却,一部破棄差戻し)
原審  H13.09.14 大阪高等裁判所 (平成12(う)1762)

主    文
原判決及び第1審判決中,覚せい剤所持及び窃盗に関する部分を破棄する。
前項の部分を大津地方裁判所に差し戻す。
原判決中,その余の部分につき本件上告を棄却する。

理    由

 検察官の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

 しかしながら,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,以下のとおり,原判決のうち,覚せい剤使用に関する部分は是認することができるが,覚せい剤所持及び窃盗に関する部分は破棄を免れない。

 1 原判決の認定及び記録によれば,本件捜査及びその後の経過は,次のとおりである。

 (1) 被告人に対しては,かねて窃盗の被疑事実による逮捕状(以下「本件逮捕状」という。)が発付されていたところ,平成10年5月1日朝,滋賀県大津警察署の警部補A外2名の警察官は,被告人の動向を視察し,その身柄を確保するため,本件逮捕状を携行しないで同署から警察車両で三重県上野市内の被告人方に赴いた。

 (2) 上記警察官3名は,被告人方前で被告人を発見して,任意同行に応ずるよう説得したところ,被告人は,警察官に逮捕状を見せるよう要求して任意同行に応じず,突然逃走して,隣家の敷地内に逃げ込んだ。

 (3) 被告人は,その後,隣家の敷地を出て来たところを上記警察官3名に追いかけられて,更に逃走したが,同日午前8時25分ころ,被告人方付近の路上(以下「本件現場」という。)で上記警察官3名に制圧され,片手錠を掛けられて捕縛用のロープを身体に巻かれ,逮捕された。

 (4) 被告人は,被告人方付近の物干し台のポールにしがみついて抵抗したものの,上記警察官3名にポールから引き離されるなどして警察車両まで連れて来られ,同車両で大津警察署に連行され,同日午前11時ころ同署に到着した後,間もなく警察官から本件逮捕状を呈示された。

 (5) 本件逮捕状には,同日午前8時25分ころ,本件現場において本件逮捕状を呈示して被告人を逮捕した旨のA警察官作成名義の記載があり,さらに,同警察官は,同日付けでこれと同旨の記載のある捜査報告書を作成した。

 (6) 被告人は,同日午後7時10分ころ,大津警察署内で任意の採尿に応じたが,その際,被告人に対し強制が加えられることはなかった。被告人の尿について滋賀県警察本部刑事部科学捜査研究所研究員が鑑定したところ,覚せい剤成分が検出された。

 (7) 同月6日,大津簡易裁判所裁判官から,被告人に対する覚せい剤取締法違反被疑事件について被告人方を捜索すべき場所とする捜索差押許可状が発付され,既に発付されていた被告人に対する窃盗被疑事件についての捜索差押許可状と併せて同日執行され,被告人方の捜索が行われた結果,被告人方からビニール袋入り覚せい剤1袋(以下「本件覚せい剤」という。)が発見されて差し押さえられた。

 (8) 被告人は,同年6月11日,「法定の除外事由がないのに,平成10年4月中旬ころから同年5月1日までの間,三重県下若しくはその周辺において,覚せい剤若干量を自己の身体に摂取して,使用した」との事実(公訴事実第1),及び「同年5月6日,同県上野市内の被告人方において,覚せい剤約0.423gをみだりに所持した」との事実(公訴事実第2)により起訴され,同年10月15日,本件逮捕状に係る窃盗の事実についても追起訴された。

 (9) 上記被告事件の公判において,本件逮捕状による逮捕手続の違法性が争われ,被告人側から,逮捕時に本件現場において逮捕状が呈示されなかった旨の主張がされたのに対し,前記3名の警察官は,証人として,本件逮捕状を本件現場で被告人に示すとともに被疑事実の要旨を読み聞かせた旨の証言をした。原審は,上記証言を信用せず,警察官は本件逮捕状を本件現場に携行していなかったし,逮捕時に本件逮捕状が呈示されなかったと認定している(この原判決の認定に,採証法則違反の違法は認められない。)。

 2 以上の事実を前提として,原審が違法収集証拠に当たるとして証拠から排除した被告人の尿に関する鑑定書,これを疎明資料として発付された捜索差押許可状により押収された本件覚せい剤,本件覚せい剤に関する鑑定書について,その証拠能力を検討する。

 (1) 【要旨1】本件逮捕には,逮捕時に逮捕状の呈示がなく,逮捕状の緊急執行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていないことは,本件の経過から明らかである。)という手続的な違法があるが,それにとどまらず,警察官は,その手続的な違法を糊塗するため,前記のとおり,逮捕状へ虚偽事項を記入し,内容虚偽の捜査報告書を作成し,更には,公判廷において事実と反する証言をしているのであって,本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば,本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を潜脱し,没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして,このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは,将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,その証拠能力を否定すべきである(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。

 (2) 前記のとおり,本件採尿は,本件逮捕の当日にされたものであり,その尿は,上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接な関連を有する証拠であるというべきである。また,その鑑定書も,同様な評価を与えられるべきものである。

 したがって,原判決の判断は,上記鑑定書の証拠能力を否定した点に関する限り,相当である。

 (3) 次に,【要旨2】本件覚せい剤は,被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし,被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた捜索により発見されて差し押さえられたものであるが,上記捜索差押許可状は上記(2)の鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから,証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠というべきである。

 しかし,本件覚せい剤の差押えは,司法審査を経て発付された捜索差押許可状によってされたものであること,逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど,本件の諸事情にかんがみると,本件覚せい剤の差押えと上記(2)の鑑定書との関連性は密接なものではないというべきである。したがって,本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書については,その収集手続に重大な違法があるとまではいえず,その他,これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を否定することはできない。

 そうすると,原判決は,上記の点において判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがあり,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

 (4) なお,原判決が維持した第1審判決は,被告人の尿に関する鑑定書,本件覚せい剤,これに関する鑑定書をいずれも違法収集証拠として排除した結果,本件公訴事実中,覚せい剤使用及び所持の点については,犯罪の証明がないとして,いずれも無罪とし,窃盗の点についてのみ有罪として,懲役1年6月の刑を科したものであるところ,前記のとおり,覚せい剤使用の事実については第1審判決の無罪の判断を維持すべきであるが,覚せい剤所持の事実については,第1審判決の無罪の判断は破棄を免れず,覚せい剤所持の事実が認められれば,その罪と窃盗の罪とは刑法45条前段の併合罪となり得るので,上記の両事実に関する部分を破棄し,更に審理を尽くさせる必要がある。

 よって,原判決及び第1審判決中,覚せい剤所持及び窃盗に関する部分については,刑訴法411条1号によりこれを破棄し,同法413条本文により,更に審理を尽くさせるため,上記破棄部分を大津地方裁判所に差し戻し,原判決中,その余の部分については,検察官の上告は理由がないことに帰するので,同法414条,396条により,これを棄却することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 検察官山田弘司 公判出席

(裁判長裁判官 梶谷 玄 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 滝井繁男)

この判例に関する評釈

「最新判例批評」 香川喜八朗(亜細亜大学教授) 判例時報1855号219頁(判例評論545号41頁)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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