法律学研究支援室

判例 H15.05.26 第一小法廷・決定 平成11(あ)1164 覚せい剤取締法違反被告事件(第57巻5号620頁)

判示事項:
1 警察官がホテル客室に赴き宿泊客に対し職務質問を行った際ドアが閉められるのを防止した措置が適法とされた事例
2 警察官がホテル客室において宿泊客を制圧しながら所持品検査を行って発見した覚せい剤について証拠能力が肯定された事例

要旨:
1 警察官がホテルの責任者から料金不払や薬物使用の疑いがある宿泊客を退去させてほしい旨の要請を受けて,客室に赴き職務質問を行った際,宿泊客が料金の支払について何ら納得し得る説明をせず,制服姿の警察官に気付くといったん開けたドアを急に閉めて押さえたなど判示の事情の下においては,警察官がドアを押し開けその敷居上辺りに足を踏み入れて,ドアが閉められるのを防止した措置は,適法である。
2 警察官が,ホテル客室に赴き宿泊客に対し職務質問を行ったところ,覚せい剤事犯の嫌疑が飛躍的に高まったことから,客室内のテーブル上にあった財布について所持品検査を行い,ファスナーの開いていた小銭入れの部分から覚せい剤を発見したなど判示の事情の下においては,所持品検査に際し警察官が暴れる全裸の宿泊客を約30分間にわたり制圧していた事実があっても,当該覚せい剤の証拠能力を肯定することができる。

参照・法条: 警察官職務執行法2条1項,刑訴法1条,刑訴法317条

内容:
件名  覚せい剤取締法違反被告事件 (最高裁判所 平成11(あ)1164 第一小法廷・決定 棄却)
原審  H11.08.23 東京高等裁判所 (平成11(う)67)

主    文
本件上告を棄却する。

理    由

(各上告趣意に対する判断)

 弁護人内山成樹,同大熊裕起の上告趣意及び被告人本人の上告趣意のうち,憲法違反をいう点は実質において単なる法令違反の主張であり,判例違反をいう点は所論引用の判例が事案を異にして本件に適切でなく,その余は事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。

(職権判断)

 以下,所論にかんがみ,職権をもって判断する。

 第1 原判決の認定及び記録によれば,本件に関する捜査経過の概要は,次のとおりである。

 (1) 被告人は,平成9年8月11日午後1時過ぎ,東京都西多摩郡瑞穂町(以下略)所在のいわゆるラブホテルである「A」(以下「本件ホテル」という。)301号室に1人で投宿した。本件ホテルの責任者Bは,同月12日朝,被告人がチェックアウト予定の午前10時になってもチェックアウトをせず,かえって清涼飲料水を一度に5缶も注文したことや,被告人が入れ墨をしていたことから,暴力団関係者を宿泊させてしまい,いつ退去するか分からない状況になっているのではないかと心配になり,また,職務上の経験から飲料水を大量に飲む場合は薬物使用の可能性が高いとの知識を有していたので,薬物使用も懸念した。Bは,再三にわたり,チェックアウト時刻を確認するため被告人に問い合わせたが,返答は要領を得ず,この間,被告人は,「フロントの者です。」とドア越しに声をかけられると「うるさい。」と怒鳴り返し,料金の精算要求に対しては「この部屋は二つに分かれているんじゃないか。」と言うなど,不可解な言動をした。このため,Bは,110番通報をし,警察に対し,被告人が宿泊料金を支払わないこと,被告人にホテルから退去してほしいことのほか,薬物使用の可能性があることを告げた。

 (2) 警視庁福生警察署地域課所属の司法巡査C及び同Dは,同日午後1時11分ころ,パトカーで警ら中,通信指令本部から,本件ホテルで「料金上のゴタ」との無線通報を傍受し,直ちに本件ホテルへ向かった。その途中,通信指令本部から「相手は入れ墨をしている一見やくざ風の男」との連絡があり,また,福生警察署の上司から,薬物がらみの可能性もあるので事故防止には十分注意するようにとの指示を受けた。

 (3) C,D両巡査は,同日午後1時38分ころ,本件ホテルに到着し,Bから事情説明を受けた。Bは,C巡査らに対し,被告人を部屋から退去させてほしいこと,被告人は入れ墨をしており,薬物を使用している可能性があること等を述べた(なお,同巡査らがBから,被告人が清涼飲料水を一度に5缶も注文したり,部屋が二つに分かれているのではないかなどと意味不明の言葉を発したりしていることを具体的に聞いた形跡がないことは,所論指摘のとおりと認められる。)。C巡査が301号室の被告人に電話をかけて料金の支払を促したところ,被告人から「分かった,分かった。」との返事があったが,Bからこれまでと同じ反応であると聞かされて,同巡査は,被告人が無銭宿泊ではないかとも考えた。しかし,C巡査は,被告人のいる場所がホテルの客室であるため,慎重を期す必要があると考え,福生警察署の上司に電話で相談したところ,部屋に行って事情を聞くようにとの指示を受けたので,Bの了解の下に,無銭宿泊の疑いのほか,薬物使用のことも念頭に置いて,警察官職務執行法2条1項に基づき職務質問を行うこととし,B,D巡査及び先に臨場していた駐在所勤務のE巡査部長と共に,4人で301号室へ赴いた。

 (4) C巡査は,301号室に到着すると,ドアをたたいて声をかけたが,返事がなかったため,無施錠の外ドアを開けて内玄関に入り,再度室内に向かって「お客さん,お金払ってよ。」と声をかけた。すると,被告人は,内ドアを内向きに約20ないし30センチメートル開けたが,すぐにこれを閉めた。同巡査は,被告人が全裸であり,入れ墨をしているのを現認したことに加え,制服姿の自分と目が合うや被告人が慌てて内ドアを閉めたことに不審の念を強め,職務質問を継続するため,被告人が内側から押さえているドアを押し開け,ほぼ全開の状態にして,内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ,内ドアが閉められるのを防止したが,その途端に被告人が両手を振り上げて殴りかかるようにしてきた。そこで,同巡査は,とっさに被告人の右腕をつかみ,次いで同巡査の後方にいたD巡査も被告人の左腕をつかみ,その手を振りほどこうとしてもがく被告人を同室内のドアから入って右手すぐの場所に置かれたソファーに座らせ,C巡査が被告人の右足を,D巡査がその左足をそれぞれ両足ではさむようにして被告人を押さえつけた。このとき,被告人は右手に注射器を握っていた。両巡査は,被告人が突然暴行に出るという瞬間的な出来事に対し,ほとんど反射的に対応するうち,一連の流れの中で被告人を制止するため不可避的に内ドアの中に立ち入る結果になったものであり,意識的に内ドアの中に立ち入ったものではなかった。

 (5) C巡査は,被告人の目がつり上がった様子やその顔色も少し悪く感じられたこと等から,「シャブでもやっているのか。」と尋ねたところ,被告人は,「体が勝手に動くんだ。」,「警察が打ってもいいと言った。」などと答えた。そのころ,D巡査は,被告人が右手に注射器を握っているのに気付き,C巡査が被告人の手首付近を握ってこれを手放させた。被告人は,その後も暴れたので,C,D両巡査は,引き続き被告人を押さえつけていた。

 (6) 応援要請に基づき臨場したF巡査は,同室内の床に落ちていた財布や注射筒,注射針を拾って付近のテーブル上に置いた。警察官らが被告人に対し氏名等を答えるよう説得を続けるうち,やがて被告人が氏名等を答えたので,無線で犯罪歴の照会をしたところ,被告人には覚せい剤取締法違反の前歴のあることが判明した。F巡査は,被告人に対し,テーブル上の財布について,「これはだれのだ。」などと質問し,C,D両巡査も加わって追及するうち,被告人が自分の物であることを認めたので,F巡査において,「中を見せてもらっていいか。」と尋ねた。被告人は返答しなかったが,警察官らで説得を続けるうち,被告人の頭が下がったのを見て,F巡査は,被告人が財布の中を見せるのを了解したものと判断し,二つ折りの上記財布を開いて,ファスナーの開いていた小銭入れの部分からビニール袋入りの白色結晶を発見して抜き出した(なお,財布に係る所持品検査について,被告人の承諾があったものとは認められない。)。警察官らは,被告人に対し,これは覚せい剤ではないかと追及したが,被告人は,「おれは知らねえ。おれんじゃねえから,勝手にしろ。」などと言った。

 (7) 薬物の専務員として臨場した福生警察署生活安全課のG巡査は,被告人に対して覚せい剤の予試験をする旨告げた上で,被告人に見えるように同室内のベッド上で前記ビニール袋入りの白色結晶につき予試験を実施したところ,覚せい剤の陽性反応があった。そこで,同日午後2時11分,C巡査らは,被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し,その場でビニール袋入りの白色結晶1袋,注射筒1本,注射針2本等を差し押さえた。C,D両巡査は,上記逮捕に至るまで全裸の被告人を押さえ続けていたが,仮に押さえるのをやめた場合には,警察官側が殴られるような事態が予想される状況にあった。

 (8) 警察官らは,被告人を逮捕中の同月13日,被告人の覚せい剤使用事実を明らかにするため,上記覚せい剤所持事件の捜査過程で収集された証拠を疎明資料として,被告人の尿に係る捜索差押許可状の発付を受け,同許可状に基づき医師が被告人の尿を採取した。

 第2 以上の事実関係に基づき,本件捜査手続の適否及びその過程で収集された関係証拠の証拠能力について検討する。

 1 警察官が内ドアの敷居上辺りに足を踏み入れた措置について 

 一般に,警察官が警察官職務執行法2条1項に基づき,ホテル客室内の宿泊客に対して職務質問を行うに当たっては,ホテル客室の性格に照らし,宿泊客の意思に反して同室の内部に立ち入ることは,原則として許されないものと解される。

 しかしながら,【要旨1】前記の事実経過によれば,被告人は,チェックアウトの予定時刻を過ぎても一向にチェックアウトをせず,ホテル側から問い合わせを受けても言を左右にして長時間を経過し,その間不可解な言動をしたことから,ホテル責任者に不審に思われ,料金不払,不退去,薬物使用の可能性を理由に110番通報され,警察官が臨場してホテルの責任者から被告人を退去させてほしい旨の要請を受ける事態に至っており,被告人は,もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。そして,警察官は,職務質問を実施するに当たり,客室入口において外ドアをたたいて声をかけたが,返事がなかったことから,無施錠の外ドアを開けて内玄関に入ったものであり,その直後に室内に向かって料金支払を督促する来意を告げている。これに対し,被告人は,何ら納得し得る説明をせず,制服姿の警察官に気付くと,いったん開けた内ドアを急に閉めて押さえるという不審な行動に出たものであった。このような状況の推移に照らせば,被告人の行動に接した警察官らが無銭宿泊や薬物使用の疑いを深めるのは,無理からぬところであって,質問を継続し得る状況を確保するため,内ドアを押し開け,内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ,内ドアが閉められるのを防止したことは,警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随するものとして,適法な措置であったというべきである。本件においては,その直後に警察官らが内ドアの内部にまで立ち入った事実があるが,この立入りは,前記のとおり,被告人による突然の暴行を契機とするものであるから,上記結論を左右するものとは解されない。

 2 財布に係る所持品検査について

 職務質問に付随して行う所持品検査は,所持人の承諾を得てその限度でこれを行うのが原則であるが,捜索に至らない程度の行為は,強制にわたらない限り,たとえ所持人の承諾がなくても,所持品検査の必要性,緊急性,これによって侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し,具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される場合がある(最高裁昭和51年(あ)第865号同53年9月7日第一小法廷判決・刑集32巻6号1672頁参照)。

 【要旨2】前記の事実経過によれば,財布に係る所持品検査を実施するまでの間において,被告人は,警察の許可を得て覚せい剤を使用している旨不可解なことを口走り,手には注射器を握っていた上,覚せい剤取締法違反の前歴を有することが判明したものであって,被告人に対する覚せい剤事犯(使用及び所持)の嫌疑は,飛躍的に高まっていたものと認められる。また,こうした状況に照らせば,覚せい剤がその場に存在することが強く疑われるとともに,直ちに保全策を講じなければ,これが散逸するおそれも高かったと考えられる。そして,眼前で行われる所持品検査について,被告人が明確に拒否の意思を示したことはなかった。他方,所持品検査の態様は,床に落ちていたのを拾ってテーブル上に置いておいた財布について,二つ折りの部分を開いた上ファスナーの開いていた小銭入れの部分からビニール袋入りの白色結晶を発見して抜き出したという限度にとどまるものであった。以上のような本件における具体的な諸事情の下においては,上記所持品検査は,適法に行い得るものであったと解するのが相当である。

 なお,警察官らが約30分間にわたり全裸の被告人をソファーに座らせて押さえ続け,その間衣服を着用させる措置も採らなかった行為は,職務質問に付随するものとしては,許容限度を超えており,そのような状況の下で実施された上記所持品検査の適否にも影響するところがあると考えられる。しかし,前記の事実経過に照らせば,被告人がC巡査に殴りかかった点は公務執行妨害罪を構成する疑いがあり,警察官らは,更に同様の行動に及ぼうとする被告人を警察官職務執行法5条等に基づき制止していたものとみる余地もあるほか,被告人を同罪の現行犯人として逮捕することも考えられる状況にあったということができる。また,C巡査らは,暴れる被告人に対応するうち,結果として前記のような制圧行為を継続することとなったものであって,同巡査らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があった証跡はない。したがって,上記行為が職務質問に付随するものとしては許容限度を超えていたとの点は,いずれにしても,財布に係る所持品検査によって発見された証拠を違法収集証拠として排除することに結び付くものではないというべきである。

 3 採取された尿について

 上記のとおり,覚せい剤所持事件の捜査過程で収集された証拠については,違法収集証拠として排除すべき事由はないから,これらを疎明資料として発付された令状により採取された尿について,その収集手続の違法を問題とする余地はないというべきである。

 4 結論

 以上のとおりであるから,財布に係る所持品検査によって発見された前記ビニール袋入りの白色結晶を含め,覚せい剤所持罪による現行犯逮捕に伴って被告人から押収された証拠及びその派生証拠については,その収集手続に証拠能力に影響を及ぼすような違法はなく,また,これらの証拠を疎明資料として発付された捜索差押許可状により採取された尿の鑑定結果についても,上記のような違法はないことに帰する。したがって,これと同旨の原判決の結論は正当である。

 よって,刑訴法414条,386条1項3号より,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 泉 コ治 裁判官 島田仁郎)

この判例に関する評釈

「最新判例批評」 清水真(獨協大学法科大学院助教授) 判例時報1870号198頁(判例評論550号44頁)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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