法律学研究支援室

判例 H16.10.19 第三小法廷・決定 平成15(あ)1346 傷害,業務上過失致死,同傷害被告事件(第58巻7号645頁)

判示事項:
 高速道路上に自車及び他人が運転する自動車を停止させた過失行為と自車が走り去った後に上記自動車に後続車が追突した交通事故により生じた死傷との間に因果関係があるとされた事例

要旨:
 甲が,乙の運転態度に文句を言い謝罪させるため,夜明け前の暗い高速道路の第3通行帯上に自車及び乙が運転する自動車を停止させた過失行為は,自車が走り去ってから7,8分後まで乙がその場に乙車を停止させ続けたことなどの乙ら他人の行動等が介在して,乙車に後続車が追突する交通事故が発生した場合であっても,上記行動等が甲の上記過失行為及びこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発されたものであったなど判示の事情の下においては,上記交通事故により生じた死傷との間に因果関係がある。

参照・法条: 刑法第1編第7章 犯罪の不成立及び刑の減免,刑法211条1項

内容:

 件名  傷害,業務上過失致死,同傷害被告事件 (最高裁判所 平成15(あ)1346 第三小法廷・決定 棄却)

 原審  H15.05.26 東京高等裁判所 (平成15(う)385)

主    文
本件上告を棄却する。

理    由

 弁護人野武興一の上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

 なお,所論にかんがみ,被告人の過失行為と被害者らの死傷という結果との間の因果関係につき,職権で判断する。

 1 原判決及びその是認する第1審判決によれば,本件の事実関係は,次のとおりである。

 (1) 被告人は,平成14年1月12日午前6時少し前ころ,知人女性を助手席に乗せ,普通乗用自動車(以下「被告人車」という。)を運転して,高速自動車国道常磐自動車道下り線(片側3車線道路)を谷和原方面から水戸方面に向けて走行していたが,大型トレーラー(以下「A車」という。)を運転し,同方向に進行していたAの運転態度に立腹し,A車を停止させてAに文句を言い,自分や同乗女性に謝罪させようと考えた。

 (2) 被告人は,パッシングをしたり,ウィンカーを点滅させたり,A車と併走しながら幅寄せをしたり,窓から右手を出したり,A車の前方に進入して速度を落としたりして,Aに停止するよう求めた。これに対し,Aは,当初は車線変更をするなどして被告人と争いになるのを避けようとしていたものの,被告人が執ように停止を求めてくるので,相手から話を聞こうと考えるに至り,被告人車の減速に合わせて減速し,午前6時ころ,被告人が同道路三郷起点28.8キロポスト付近の第3通行帯に自車を停止させると,Aも被告人車の後方約5.5mの地点に自車を停止させた。なお,当時は夜明け前で,現場付近は照明設備のない暗い場所であり,相応の交通量があった。

 (3) 被告人は,降車してA車まで歩いて行き,同車の運転席ドア付近で,「トレーラーの運転手のくせに。謝れ。」などと怒鳴った。Aが,運転席ドアを少し開けたところ,被告人は,ドアを開けてステップに上がり,エンジンキーに手を伸ばしたり,ドアの内側に入ってAの顔面を手けんで殴打したりしたため,Aは,被告人にエンジンキーを取り上げられることを恐れ,これを自車のキーボックスから抜いて,ズボンのポケットに入れた。

 (4) それから,被告人は,「女に謝れ。」と言って,Aを運転席から路上に引きずり降ろし,自車まで引っ張って行った。Aが,被告人車の同乗女性に謝罪の言葉を言うと,被告人は,Aの腰部等を足げりし,更に殴りかかってきたので,Aは,被告人に対し,顔面に頭突きをしたり,鼻の上辺りを殴打したりするなどの反撃を加えた。

 (5) 被告人が上記暴行を加えていた午前6時7分ころ,本件現場付近道路の第3通行帯を進行していたB運転の普通乗用自動車(以下「B車」という。)及びC運転の普通乗用自動車(以下「C車」という。)は,A車を避けようとして第2通行帯に車線変更したが,C車がB車に追突したため,C車は第3通行帯上のA車の前方約17.4mの地点に,B車はC車の前方約4.9mの地点に,それぞれ停止した。

 (6) C車から同乗者のD及びE(以下「Dら」という。)が降車したので,被告人は,暴行をやめて携帯電話で友人に電話をかけ,Aは,自車に戻って携帯電話で被告人に殴られたこと等を110番通報した。

 (7) それから,被告人は,Dらに近づいて声を掛け,A車の所に共に歩いて行ったが,Aは,Dらを被告人の仲間と思い,Dらから声を掛けられても無言で運転席に座っていた。

 (8) 被告人は,午前6時17,18分ころ,同乗女性に自車を運転させ,第2通行帯に車線変更して,本件現場から走り去った。

 (9) Aは,自車を発車させようとしたものの,エンジンキーが見付からなかったため,暴行を受けた際に被告人に投棄されたものと勘違いして,再び110番通報したり,再度近付いてきたDらと共に付近を捜したりしたが,結局,それが自分のズボンのポケットに入っていたのを発見し,自車のエンジンを始動させた。

 (10) ところが,Aは,前方にC車とB車が停止していたため,自車を第3通行帯で十分に加速し,安全に発進させることができないと判断し,C車とB車に進路を空けるよう依頼しようとして,再び自車から降車し,C車に向かって歩き始めた午前6時25分ころ,停止中のA車後部に,同通行帯を谷和原方面から水戸方面に向け進行してきた普通乗用自動車が衝突し,同車の運転者及び同乗者3名が死亡し,同乗者1名が全治約3か月の重傷を負うという本件事故が発生した。

 2 【要旨】以上によれば,Aに文句を言い謝罪させるため,夜明け前の暗い高速道路の第3通行帯上に自車及びA車を停止させたという被告人の本件過失行為は,それ自体において後続車の追突等による人身事故につながる重大な危険性を有していたというべきである。そして,本件事故は,被告人の上記過失行為の後,Aが,自らエンジンキーをズボンのポケットに入れたことを失念し周囲を捜すなどして,被告人車が本件現場を走り去ってから7,8分後まで,危険な本件現場に自車を停止させ続けたことなど,少なからぬ他人の行動等が介在して発生したものであるが,それらは被告人の上記過失行為及びこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発されたものであったといえる。そうすると,被告人の過失行為と被害者らの死傷との間には因果関係があるというべきであるから,これと同旨の原判断は正当である。

 よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三)

この判例に関する評釈

「最新判例演習室」 豊田兼彦(愛知大学助教授) 法学セミナー601号121頁(2005年)
「最高裁新判例紹介」 法律時報77巻9号121頁(2005年)
山中敬一(関西大学教授) ジュリスト1291号153頁平成16年度重要判例解説(2005年)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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