法律学研究支援室

事件番号 平成17(受)276
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成18年12月21日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 その他
判例集巻・号・頁
原審裁判所名 東京高等裁判所??
原審事件番号 平成16(ネ)2261
原審裁判年月日 平成16年10月27日
判示事項
裁判要旨 1 破産した賃借人の破産管財人が,賃貸人との間で破産宣告後の未払賃料等に敷金を充当する旨の合意をして,質権の設定された敷金返還請求権の発生を阻害したことが,質権者に対する目的債権の担保価値を維持すべき義務に違反するとされた事例
2 破産した賃借人の破産管財人が,賃貸人との間で破産宣告後の未払賃料等に敷金を充当する旨の合意をして,質権の設定された敷金返還請求権の発生を阻害しても,質権者に対して善管注意義務違反の責任を負うとはいえないとされた事例
3 破産した賃借人の破産管財人が破産宣告後の未払賃料等に敷金を充当して上記賃料等の現実の支払を免れた場合において,破産管財人が敷金返還請求権の質権者に対し不当利得返還義務を負うとされた事例
参照法条
全文

主文

1原判決中,主文第1,2項を破棄する。
2被上告人は,上告人に対し,1050万3176円及びこれに対する平成15年4月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3上告人のその余の上告を棄却する。
4訴訟の総費用は,これを3分し,その2を被上告人の負担とし,その余を上告人の負担とする。

理由

第1事案の概要1原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)A(以下「破産会社」という。)は,平成10年2月13日,Bから,東京都港区芝▲丁目▲番▲号所在の鉄骨鉄筋コンクリート造地下2階,地上9階建ての建物のうち次のア〜エの部分を各記載の賃料で賃借し,その引渡しを受けた(以下,併せて「本件各賃貸借」という。)。
ア地下1階事務所部分(以下「本件第1賃貸借」という。)月額賃料248万0805円イ8階,9階居室部分(以下「本件第2賃貸借」という。)月額賃料388万6875円ウ駐車場部分(以下「本件第3賃貸借」という。)月額賃料49万円エ倉庫部分(以下「本件第4賃貸借」という。)月額賃料3万円(2)破産会社は,本件各賃貸借に際し,Bに対し,合計6050万8750円(本件第1賃貸借につき4961万5000円,本件第2賃貸借につき777万3750円,本件第3賃貸借につき294万円,本件第4賃貸借につき18万円)の敷金(以下「本件敷金」という。)を差し入れた。
(3)破産会社は,平成10年4月30日,C銀行,D銀行,E銀行,F銀行及びG銀行(以下,これらの銀行を「本件各銀行」という。)に対し,破産会社が本件各銀行に対して負担する一切の債務の担保として,本件各賃貸借に基づき破産会社がBに対して有する本件敷金の返還請求権(以下「本件敷金返還請求権」という。)のうち6000万円につき質権(以下「本件質権」という。)を設定し,Bは,同日,確定日付のある証書により本件質権の設定を承諾した。
(4)本件各銀行及び破産会社は,本件質権の設定に際し,その実行による本件敷金の配分割合を,C銀行262分の87,D銀行262分の65,E銀行262分の50,F銀行262分の30,G銀行262分の30とする旨合意した。
(5)破産会社は,平成11年1月25日に破産宣告を受け,被上告人が破産管財人に選任された。
(6)C銀行は,平成11年9月20日,オランダ法人であるH(以下「H」という。)に対し,破産会社に対して有する債権(元本合計75億9884万0303円)を付随する一切の担保等と共に譲渡し,確定日付のある書面による債権譲渡通知を行った。
また,Hは,上告人に対し,債権管理回収業に関する特別措置法に基づき,上記債権の回収を委託した。
(7)被上告人は,破産裁判所の許可を得て(ただし,本件第3賃貸借を除く。),Bとの間で,以下のとおり,本件各賃貸借を順次合意解除し,本件敷金6050万8750円のうち6043万4590円を本件各賃貸借に関して生じたBの債権に充当する旨を合意した(この合意を,以下「本件充当合意」という。)。
ア平成11年3月31日,本件第2賃貸借を合意解除して居室を明け渡し,未払賃料,未払共益費等合計777万3750円に本件敷金を充当する旨合意した。
イ同日,本件第4賃貸借を合意解除して倉庫を明け渡し,未払賃料,未払共益費等合計10万5840円に本件敷金を充当する旨合意した。
ウ同年6月21日,本件第3賃貸借を合意解除して駐車場を明け渡し,未払賃料294万円に本件敷金を充当する旨合意した。
エ同年10月31日,本件第1賃貸借を合意解除して事務所を明け渡し,未払賃料,未払共益費,本件第1賃貸借の終了に伴う原状回復工事及び残置物処理費用(以下「原状回復費用」という。)等合計4961万5000円(うち1021万3714円は原状回復費用)に本件敷金を充当する旨合意した。
(8)本件敷金が充当された上記債権のうち,本件第1賃貸借に係る未払賃料及び未払共益費の一部3163万0257円,同賃貸借に係る原状回復費用1021万3714円並びに本件第2賃貸借に係る未払賃料及び未払共益費の一部317万6574円の合計4502万0545円は,破産宣告後に生じた債権である(以下,これらを併せて「本件宣告後賃料等」という。)。
(9)破産会社の破産財団には,本件第2及び第4賃貸借が合意解除された平成11年3月31日現在で約2億2000万円の,本件第3賃貸借が合意解除された同年6月21日現在で約5億8000万円の,本件第1賃貸借が合意解除された同年10月31日現在で約6億5000万円の銀行預金が存在した。
2本件は,上告人が,本件充当合意は破産管財人の善管注意義務に違反するものであり,これにより破産財団が本件宣告後賃料等の支払を免れ,Hの有する質権が無価値となって優先弁済権が害されたとして,被上告人に対し,旧破産法(平成16年法律第75号による廃止前のもの。
以下同じ。)164条2項,47条4号に基づく損害賠償又は不当利得の返還として(両者の関係は選択的併合),本件充当合意により本件敷金が充当された本件宣告後賃料等4502万0545円からHに対する債権譲渡がされる前に充当がされた317万6574円を控除した4184万3971円の262分の87に当たる1389万4752円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
第1審は,上告人の旧破産法164条2項,47条4号に基づく損害賠償請求を一部認容したが,原審は,上告人の請求をいずれも棄却した。

第2上告代理人遠山康の上告受理申立て理由
第1について
1債権が質権の目的とされた場合において,質権設定者は,質権者に対し,当該債権の担保価値を維持すべき義務を負い,債権の放棄,免除,相殺,更改等当該債権を消滅,変更させる一切の行為その他当該債権の担保価値を害するような行為を行うことは,同義務に違反するものとして許されないと解すべきである。
そして,建物賃貸借における敷金返還請求権は,賃貸借終了後,建物の明渡しがされた時において,敷金からそれまでに生じた賃料債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を控除し,なお残額があることを条件として,その残額につき発生する条件付債権であるが(最高裁昭和46年(オ)第357号同48年2月2日第二小法廷判決・民集27巻1号80頁参照),このような条件付債権としての敷金返還請求権が質権の目的とされた場合において,質権設定者である賃借人が,正当な理由に基づくことなく賃貸人に対し未払債務を生じさせて敷金返還請求権の発生を阻害することは,質権者に対する上記義務に違反するものというべきである。
また,質権設定者が破産した場合において,質権は,別除権として取り扱われ(旧破産法92条),破産手続によってその効力に影響を受けないものとされており(同法95条),他に質権設定者と質権者との間の法律関係が破産管財人に承継されないと解すべき法律上の根拠もないから,破産管財人は,質権設定者が質権者に対して負う上記義務を承継すると解される。
そうすると,被上告人は,Hに対し,本件各賃貸借に関し,正当な理由に基づくことなく未払債務を生じさせて本件敷金返還請求権の発生を阻害してはならない義務を負っていたと解すべきである。
2以上の見地から本件についてみると,本件宣告後賃料等のうち原状回復費用については,賃貸人において原状回復を行ってその費用を返還すべき敷金から控除することも広く行われているものであって,敷金返還請求権に質権の設定を受けた質権者も,これを予定した上で担保価値を把握しているものと考えられるから,敷金をもってその支払に当てることも,正当な理由があるものとして許されると解すべきである。
他方,本件宣告後賃料等のうち原状回復費用を除く賃料及び共益費(以下,これらを併せて「本件賃料等」という。)については,前記事実関係によれば,被上告人は,本件各賃貸借がすべて合意解除された平成11年10月までの間,破産財団に本件賃料等を支払うのに十分な銀行預金が存在しており,現実にこれを支払うことに支障がなかったにもかかわらず,これを現実に支払わないでBとの間で本件敷金をもって充当する旨の合意をし,本件敷金返還請求権の発生を阻害したのであって,このような行為(以下「本件行為」という。)は,特段の事情がない限り,正当な理由に基づくものとはいえないというべきである。
本件行為が破産財団の減少を防ぎ,破産債権者に対する配当額を増大させるために行われたものであるとしても,破産宣告の日以後の賃料等の債権は旧破産法47条7号又は8号により財団債権となり,破産債権に優先して弁済すべきものであるから(旧破産法49条,50条),これを現実に支払わずに敷金をもって充当することについて破産債権者が保護に値する期待を有するとはいえず,本件行為に正当な理由があるとはいえない。
そして,本件において他に上記特段の事情の存在をうかがうことはできない。
以上によれば,本件行為は,被上告人がHに対して負う前記義務に違反するものというべきである。
3破産管財人は,職務を執行するに当たり,総債権者の公平な満足を実現するため,善良な管理者の注意をもって,破産財団をめぐる利害関係を調整しながら適切に配当の基礎となる破産財団を形成すべき義務を負うものである(旧破産法164条1項,185条〜227条,76条,59条等)。
そして,この善管注意義務違反に係る責任は,破産管財人としての地位において一般的に要求される平均的な注意義務に違反した場合に生ずると解するのが相当である。
この見地からみると,本件行為が質権者に対する義務に違反することになるのは,本件行為によって破産財団の減少を防ぐことに正当な理由があるとは認められないからであるが,正当な理由があるか否かは,破産債権者のために破産財団の減少を防ぐという破産管財人の職務上の義務と質権設定者が質権者に対して負う義務との関係をどのように解するかによって結論の異なり得る問題であって,この点について論ずる学説や判例も乏しかったことや,被上告人が本件行為(本件第3賃貸借に係るものを除く。)につき破産裁判所の許可を得ていることを考慮すると,被上告人が,質権者に対する義務に違反するものではないと考えて本件行為を行ったとしても,このことをもって破産管財人が善管注意義務違反の責任を負うということはできないというべきである。
そうすると,被上告人の善管注意義務違反を理由とする旧破産法164条2項,47条4号に基づく損害賠償請求を棄却した原審の判断は,結論において是認することができる。
論旨は理由がない。

第3上告代理人遠山康の上告受理申立て理由第2について1前記事実関係の下で,原審は,被上告人が本件宣告後賃料等に本件敷金を充当してその支払を免れても,それと同額が破産財団に属する敷金返還請求権から減少するから,これにより破産財団に利得が生じないことは明らかであると判断して,上告人の不当利得返還請求を棄却すべきものとした。
2しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。
その理由は,次のとおりである。
本件質権の被担保債権の額が本件敷金の額を大幅に上回ることが明らかである本件においては,本件敷金返還請求権は,別除権である本件質権によってその価値の全部を把握されていたというべきであるから,破産財団が支払を免れた本件宣告後賃料等の額に対応して本件敷金返還請求権の額が減少するとしても,これをもって破産財団の有する財産が実質的に減少したとはいえない。
そうすると,破産財団は,本件充当合意により本件宣告後賃料等の支出を免れ,その結果,同額の本件敷金返還請求権が消滅し,質権者が優先弁済を受けることができなくなったのであるから,破産財団は,質権者の損失において本件宣告後賃料等に相当する金額を利得したというべきである。
これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨は理由があり,原判決中,主文第1,2項は破棄を免れない。
そして,前記事実関係及び上記に説示したところによれば,破産財団は,本件賃料等3480万6831円について,法律上の原因なくこれを利得したものであり,被上告人は,3480万6831円からHに対する債権譲渡がされる前に本件充当合意がされた317万6574円を控除した3163万0257円の262分の87に相当する1050万3176円につき,これを不当利得としてHに返還すべき義務を負うというべきである。
したがって,上告人の不当利得返還請求を上記金額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の上告は理由がないから棄却することとする(なお,上記不当利得返還請求が認容されることにより,第1審判決主文第1項は当然に失効する。)。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
なお,裁判官才口千晴の補足意見がある。
裁判官才口千晴の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛同するものであるが,本件は破産管財人の善管注意義務という重要かつ微妙な問題に関する事案であるから,補足して意見を述べることにする。
1破産管財人の善管注意義務は,民法上のものと同趣旨であり,破産管財人としての地位,知識において一般的に要求される平均的な注意義務であるとされ,破産管財人は,職務を執行するに当たり,総債権者の共同の利益のため,善良な管理者の注意をもって,破産財団をめぐる利害関係を調整しながら適切に配当の基礎となる破産財団を形成する義務と責任を負うものである。
そして,破産管財人は,第1次的には破産債権者のために破産財団を適切に維持・増殖すべき義務を負うのであるが,他方で,破産者の実体法上の権利義務を承継する者として,利害関係人との間の法律関係を適切に整理・調整すべき義務を負っているのである。
2本件は,破産管財人が負う上記の各義務,すなわち,破産債権者のために破産財団の減少を防ぐという職務上の義務と破産者である質権設定者の義務を承継する者として質権者に対して負う義務とが衝突する場面において,破産管財人がいかに適正に管財業務を処理するかの問題であり,正に破産管財人の資質や力量が問われるところである。
破産管財人は,多種・多様な職務に追われ,時間的な余裕に乏しく多忙である中で,現在及び将来の破産財団や財団債権等の状況を把握したり,予想したりしながら管財業務を遂行することが一般的であるが,各種の権利関係に細やかな目配りをして公平かつ適正な処理をすべきであり,特に法律の専門家である弁護士が破産管財人となっている場合には,その要請は高度のものとなるというべきである。
本件において,破産管財人は,破産手続開始後,破産宣告後約2か月から9か月の間賃貸借を継続し,その間賃料等を現実に支払わずに破産財団の維持を図ったものである。
このような行為は,敷金返還請求権に質権を設定している者の権利の内容に重大な影響を与えるのであるから,破産管財人としては,関係者の権利関係に細やかな目配りをして,より慎重に対応することが望ましかったといえよう。
しかしながら,本件は,相反する義務のいずれを優先させるかという困難かつ微妙な判断の当否が問われたものであるところ,条件付債権に対する質権の効力について論ずる学説や判例も乏しく,また,このような質権の破産手続上の取扱いについて法的な整備もなされていないことや,破産管財人は,本件行為につき破産裁判所の許可を求めており,破産裁判所がこれを許可していること等の事情を考慮すれば,破産管財人の上記行為を善管注意義務に違反する行為であるとまでは評価できないのである。
そうすると,原審の判断には,破産管財人が質権者に対して負う義務の内容についての法令の解釈を誤った違法があるが,破産管財人の善管注意義務違反を否定したことは結論において正当である。
なお,本件においては,この賃貸借の継続がいかなる理由に基づくものであったかを原審は何ら認定しておらず,賃貸借の継続が管財業務の遂行に必要不可欠なものと評価できるかどうかは不明である。
しかし,破産管財人としては,破産財団の早期清算のため,継続する賃借部分を縮小したり,あるいは賃借部分を賃料の低額な他の物件に移すなどの措置をとるべきではなかったかとの疑問も生ずるところである。
3ところで,破産管財人は,自然人であれば弁護士ではない一般人であってもよく,必ずしも法律的知識や会計に関する知識等に堪能であるとは限らない。
また,新破産法は,破産管財人は自然人に限らず,法人を選任することができるとした(74条2項)。
しかし,実務では,破産管財人のほとんどに弁護士が選任されているのが現状である。
そして,法律の専門家である弁護士は,高度な専門的知識及び経験を有する者として,各種の権利関係等に細やかな目配りをしながら,公平かつ適正に管財業務を遂行することが求められているのである。
当審が,本件における破産管財人の行為につき善管注意義務違反の責任を問わないのは,前述のとおり,本件が,破産債権者の利益の保護と質権者に対する義務の履行のいずれを優先すべきかという困難かつ微妙な問題であって,これらの義務の関係等について論ずる学説や判例も乏しく,破産債権者の利益のために破産財団を維持することを優先させた破産管財人の判断を一概に不合理であるとはいえないからである。
破産管財人が,法律の無知や知識の不足により利害関係人の権利を侵害した場合には,善管注意義務違反の責任を問われることはいうまでもなく,その場合の破産管財人の責任は,利害関係人に対し,破産管財人個人が損害を賠償する義務を負う(旧破産法164条,新破産法85条)という極めて重いものであることを改めて認識すべきである。
(裁判長裁判官才口千晴裁判官横尾和子裁判官甲斐中辰夫裁判官泉コ治裁判官涌井紀夫)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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