法律学研究支援室

事件番号 平成16(受)2117
事件名 学納金返還請求事件
裁判年月日 平成18年11月27日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 その他
判例集巻・号・頁
原審裁判所名 大阪高等裁判所??
原審事件番号 平成15(ネ)3707
原審裁判年月日 平成16年09月10日
判示事項
裁判要旨 1 大学の入学試験の合格者と当該大学との間の在学契約における納付済みの授業料等を返還しない旨の特約の公序良俗違反該当性
2 私立医科大学の平成13年度の入学試験に合格し,同大学との間で納付済みの授業料等を返還しない旨の特約の付された在学契約を締結した者が,同契約を解除した場合において,同特約は公序良俗に反しないなどとして,授業料等の返還請求が棄却された事例
参照法条
全文

主文

1原判決中平成16年(受)第2117号上告人敗訴部分を破棄する。
2前項の部分につき,平成16年(受)第2117号被上告人の控訴を棄却する。
3平成16年(受)第2118号上告人の上告を棄却する。
4原審及び当審の訴訟費用は平成16年(受)第2117号被上告人・同第2118号上告人の負担とする。

理由

第1事案の概要1原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)平成16年(受)第2117号上告人・同第2118号被上告人(以下「被告大学」という。)は,学校教育法所定の大学であるY大学を設置する学校法人である(以下,被告大学の設置するY大学を「被告大学」ということもある。)。
(2)平成16年(受)第2117号被上告人・同第2118号上告人(以下「原告」という。)は,被告大学が定めた平成13年度入学試験要項に従って,被告大学医学部医学科の平成13年度入学試験を受験し,平成13年3月2日,合格の発表(第1次繰上合格)を受けた。
(3)上記入学試験要項には,@合格者は,平成13年3月2日午後3時までに入学手続を完了しなければならない,A欠員が生じた場合は,面接試験,小論文及び健康診断を実施の上,順次繰上合格者を決定する,B入学手続時に,入学金100万円,授業料等614万円(授業料61万円,実習料12万円,施設拡充費41万円,教育充実費500万円。
このうち教育充実費は初年度分,その他は第1期分。),委託徴収金6万5000円(PA会(保護者会)費第1期分,学友会入会金,学友会年会費)の合計720万5000円を納付する,C入学手続完了者が平成13年3月21日正午までに被告大学所定の書面により入学辞退を申し出た場合には,入学金以外の納付金を返還するが,それより後に入学辞退を申し出た場合には,委託徴収金のみを返還するとの記載がある。
(4)また,被告大学の平成13年度入学試験の第1次繰上合格者用の「入学に関する手続について」には,@平成13年3月8日午後3時までに上記(3)Bの納付金を納入すること及びA上記(3)Cと同旨の記載がある。
(5)原告は,上記(4)@の期限である平成13年3月8日までに,被告大学に対し,所定の納付金として,上記(3)Bの納付金720万5000円(以下「本件学生納付金」といい,このうち,入学金を「本件入学金」,授業料等を「本件授業料等」,委託徴収金を「本件委託徴収金」という。)を納付するなどして,入学手続を完了した。
原告は,上記(3)C及び上記(4)Aの各記載を認識して本件学生納付金を納付したものであり,原告と被告大学との間において,原告が被告大学への入学を辞退した場合における本件学生納付金の取扱いについて,上記各記載内容のとおりの合意(以下「本件不返還特約」という。)が成立した。
(6)被告大学の学則には,次の定めがある。
ア入学定員,修業年限医学部医学科の入学定員は100名,収容定員は600名とし,修業年限は6年とする。
イ入学の時期及び学年入学の時期は学年の始めとする。
学年は4月1日に始まり,翌年3月31日に終わる。
ウ授業料その他の納付金(ア)授業料その他の納付金は,次のとおりとし,納付期限は,第1期分については,第1学年次は入学時,第2学年次以降は4月15日,第2期分については,9月15日,第3期分については,1月15日とする。
a授業料年額182万円(第1期分及び第2期分各61万円,第3期分60万円)b実習料年額34万円(第1期分及び第2期分各12万円,第3期分10万円)c施設拡充費年額122万円(第1期分及び第2期分各41万円,第3期分40万円)(イ)上記(ア)に定めるもののほか,次の諸費を,入学時に一括納付しなければならない。
a入学金100万円(入学時のみ納付)b教育充実費500万円(第2学年次以降は毎年90万円ずつ納付)(ウ)納付した授業料その他の納付金は,いかなる理由があっても返還しない。
(7)原告は,平成13年3月22日,併願受験していたA大学医学部の後期日程入学試験に合格し,同月26日,同大学の入学手続を完了するとともに,被告大学に対して,口頭で被告大学への入学を辞退する旨申し出たところ,被告大学から書面を提出するよう求められたので,同月27日付け入学辞退申請書を提出して,改めて被告大学への入学を辞退する旨の意思表示をした。
(8)被告大学は,平成13年4月6日,原告に対し,本件委託徴収金6万5000円を返還した。
(9)被告大学のような医学部ないし医科大学においては,入学定員を遵守することが強く要請され,その学生募集について,学則定員100名の大学については,定員を厳守するとともに,100名以内にとどめる旨の社団法人日本私立医科大学協会の理事会申合せが存在していた。
(10)被告大学の平成13年度の入学試験においては,平成13年2月24日に発表された正規合格者は83名であったが,そのうち入学手続締切日の同年3月2日までに入学手続をした者は59名で,うち40名が入学を辞退し,19名が被告大学に入学している。
そして,同月2日から同年3月21日までに第1次〜第11次の繰上合格者が発表され,更にその後も同年3月30日までに第16次までの繰上合格者が発表され,以上の繰上合格者合計125名のうち101名が入学手続を行い,そのうちの20名が入学を辞退し,81名が被告大学に入学している。
このような経過は,平成11年度〜平成15年度の毎年ほぼ同様であり,入学辞退者があっても,結果的にはすべて入学定員(いずれの年度も100名)を現実に確保することができ,少なくともこの期間においては,被告大学に定員割れが生ずることはなかった。
(11)被告大学の運営費は,学生が納付する学生納付金,国庫補助金及び附属病院の医療収入などにより賄われているが,大学部門の収支は,平成11年度〜平成14年度まで毎年大幅な赤字を計上している。
なお,私立大学医学部において1年間に学生一人当たりに要する経費は,平成13年当時,平均約1500万円であった。
(12)当時の文部省管理局長及び同大学局長が文部大臣所轄各学校法人理事長あてに発した「私立大学の入学手続時における学生納付金の取扱いについて(通知)」(昭和50年9月1日付け文管振第251号。
以下「昭和50年通知」という。)には,@私立大学が健全な経営を図るため,一定の入学者数の確保を図る必要上,合格者の入学意思を確認するため,早期に入学料を徴収する必要がある場合も多いと考えられる,Aしかし,入学料以外の学生納付金については,合格発表後短期間内に納入させるような取扱いは避けることとする,B例えば,入学式の日から逆算しておおむね2週間前の日以降に徴収することとする等の配慮をすることが適当と考えられる,などと記載されている。
また,文部科学省は,平成14年5月17日付けで「平成15年度大学入学者選抜実施要項について」と題する通知(文科高第170号文部科学省高等教育局長通知)を発して,私立大学に対し,私立大学の入学時における学生納付金の取扱いに関して,昭和50年通知を参照し,少なくとも入学料以外の学生納付金を納入する時期について,合格発表後短期間内に納入させるような取扱いは避ける等の配慮を求めた。
2本件は,原告が,被告大学への入学を辞退して被告大学との間の在学契約を解除したなどとして,被告大学に対し,不当利得返還請求権又は準委任契約の終了に基づく受取物引渡請求権に基づき,本件学生納付金相当額から返還済みの本件委託徴収金相当額を控除した残額及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案であり,被告大学は,原告との間に本件不返還特約が有効に存在することなどを主張して,原告の請求を争っている。
第2平成16年(受)第2117号上告代理人俵正市,同寺内則雄の上告受理申立て理由及び同第2118号上告代理人小谷眞一郎の上告受理申立て理由について1原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,本件授業料等相当額614万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で原告の請求を認容すべきものとした。
(1)原告が被告大学に対して本件学生納付金の納付を含む入学手続を完了した時点で,被告大学との間に在学契約(以下「本件在学契約」という。)が成立した。
(2)原告は,平成13年3月27日ころ,被告大学に対し,被告大学への入学を辞退する旨申し出たことによって,本件在学契約を解除するとの意思表示をしたのであるから,本件在学契約はそのころ将来に向かって効力を失った。
(3)本件入学金は,その納付によって,合格者は当該大学に入学し得る地位を得ることになる反面,大学は一方的に在学契約を解除することを制約されることになるという意味において,一種の権利金的な性質を有するとともに,当該合格者を4月1日から入学する者として諸種の準備手続を行うための手続費用としての性質をも有する。
したがって,本件不返還特約の効力のいかんにかかわらず,被告大学は,被告大学への入学を辞退した原告にこれを返還する必要はない。
(4)本件授業料等は,教育役務等の対価としての性質を有するものと解されるところ,本件在学契約は,学年の始まる4月1日より前に終了し,原告は,本件授業料等の対価である反対給付を何ら受けていないから,本件不返還特約が有効と認められなければ,被告大学は,原告に対して,本件授業料等の全額を返還する義務を負う。
(5)本件不返還特約は,違約金ないし損害賠償の予定を定めたものと解される。
(6)大学は,入学手続を行った入学試験合格者全員が当該大学に入学するとの前提で人的物的教育設備を整えているのではなく,入学辞退者数を予測しながら合格者を決定するなどしているから,4月1日より前に,入学手続を行った入学試験合格者の一部が入学を辞退したからといって,それによって直ちに当該大学に損害が発生するとは考え難い。
被告大学においては,繰上合格によって定員を確保するための処理もしており,実際にも最近5年間は定員割れが生じていないことからすれば,定員割れを前提とした大きな損害が発生するとも認められないから,本件不返還特約による違約金ないし損害賠償の予定額(614万円)は,被告大学の被る実損害額を著しく上回る異常な高額というべきである。
本件不返還特約と同種の学生納付金の不返還特約は,相当古くからほとんどの私立大学において存在したものと考えられるところ,不返還特約が生まれてから今日までの間に,社会情勢及び法的状況は大きく変化し,昭和50年通知においても不返還特約の問題点が指摘されており,消費者契約法の成立過程においても学生納付金の不返還問題は議論されていた。
そして,本件不返還特約は,被告大学が一方的に定めたものであり,その金額の合理性が検討された形跡はなく,入学金以外の学生納付金の返還を認める入学辞退期限を国立大学の後期日程入学試験の合格発表の前日に設定し,上記試験に合格して被告大学の入学を辞退しようとする者から,学生納付金の返還の機会を奪っており,原告としても,上記試験の合格を待つこととしてそれまで被告大学の入学手続をしなければ,被告大学から入学を取り消され,上記試験にも不合格であった場合には,受験浪人をすることを余儀なくされるという切迫状態にあった。
これらの事情を考慮すると,原告のように4月1日より前に在学契約を解除する学生との関係においては,被告大学は,上記の受験者の心理状態に乗じて多額の学生納付金を納付させ,これを返還しない扱いをすることにより,被告大学の収入を増加させて財政状況の改善に資することを企図して,本件不返還特約を締結したものというべきであって,これは学生の窮迫に乗じたものといわざるを得ず,本件不返還特約は,被告大学がその優越的地位を利用してその裁量により学生納付金の納付期限を設定し,かつ,受験生の状況に乗じて一方的に定めたものと評さざるを得ない。
したがって,本件不返還特約は,4月1日より前に本件在学契約を解除した原告との関係においては,暴利行為に当たり,公序良俗に違反して無効と解するのが相当である。
2しかしながら,原審の上記判断のうち,被告大学が原告に本件入学金の返還を要しないとした点は是認することができるが,(6)は是認することができない。
その理由は,次のとおりである。
なお,判断の前提となる事実は,原審の認定した事実並びに公知の事実及び裁判所に顕著な事実である。
(1)総論ア在学契約の性質大学(短期大学を含む。
以下同じ。)は,学術の中心として,広く知識を授けるとともに,深く専門の学芸を教授研究し,知的,道徳的及び応用的能力を展開させること等を目的とする(学校教育法52条,69条の2第1項)ものであり,大学を設置運営する学校法人等(以下においては,大学を設置運営する学校法人等も「大学」ということがある。)と当該大学の学生(以下においては,在学契約又はその予約を締結したがいまだ入学していない入学試験合格者を含めて「学生」ということがある。)との間に締結される在学契約は,大学が学生に対して,講義,実習及び実験等の教育活動を実施するという方法で,上記の目的にかなった教育役務を提供するとともに,これに必要な教育施設等を利用させる義務を負い,他方,学生が大学に対して,これらに対する対価を支払う義務を負うことを中核的な要素とするものである。
また,上記の教育役務の提供等は,各大学の教育理念や教育方針の下に,その人的物的教育設備を用いて,学生との信頼関係を基礎として継続的,集団的に行なわれるものであって,在学契約は,学生が,部分社会を形成する組織体である大学の構成員としての学生の身分,地位を取得,保持し,大学の包括的な指導,規律に服するという要素も有している。
このように,在学契約は,複合的な要素を有するものである上,上記大学の目的や大学の公共性(教育基本法6条1項)等から,教育法規や教育の理念によって規律されることが予定されており,取引法の原理にはなじまない側面も少なからず有している。
以上の点にかんがみると,在学契約は,有償双務契約としての性質を有する私法上の無名契約と解するのが相当である。
イ在学契約の成立時期大学は,一般に,学則や入学試験要項,入学手続要項等(以下,入学試験要項や入学手続要項等を併せて「要項等」と総称する。)において,当該大学の入学試験の合格者について,入学に先立ち,入学金(入学料),授業料等の諸費用(これらを併せて「学生納付金」,「入学時納入金」,「校納金」等の名称が付されていることがある。
以下においては「学生納付金」という。)の納付や必要書類の提出などの入学手続を行う期間を定めており,この期間内に所定の入学手続を完了しなかった者の入学を認めないものとする一方,上記入学手続を行った者については,入学予定者として取り扱い,当該大学の学生として受け入れる準備を行っているものであるから,特段の事情のない限り,学生が要項等に定める入学手続の期間内に学生納付金の納付を含む入学手続を完了することによって,両者の間に在学契約が成立するものと解するのが相当である。
なお,要項等において,入学金とそれ以外の学生納付金とで異なる納付期限を設定し,入学金を納付することによって,その後一定期限までに残余の学生納付金を納付して在学契約を成立させることのできる地位を与えている場合には,その定めに従って入学金を納付し,入学手続の一部を行った時点で在学契約の予約が成立する一方,残余の手続を所定の期間内に完了した時点で在学契約が成立し,これを完了しなかった場合には上記予約は効力を失うものと解するのが相当である。
もっとも,入学手続を完了して在学契約を締結した者が当該大学の学生の身分を取得するのは,当該大学が定める入学時期すなわち通常は入学年度の4月1日であり,大学によって教育役務の提供等が行われるのも同日以降であるから,双務契約としての在学契約における対価関係は,同日以降に発生することになる。
ウ学生納付金の性質大学が学則や要項等において,入学手続の際に納付すべきものと定めている学生納付金には,一般に,@入学金,A授業料(通常は初年度の最初の学期分又は初年度分)のほか,B実験実習費,施設設備費,教育充実費などの費目の金員,更には,C学生自治会費,同窓会費,父母会費,傷害保険料などの諸会費等(以下「諸会費等」という。)が含まれるところ,これらのうちA及びB(以下併せて「授業料等」という。)は,その費目の名称に照らしても,一般に,教育役務の提供等,在学契約に基づく大学の学生に対する給付の対価としての性質を有するものと解され,Cの諸会費等も,一般に,学生が大学において教育を受け,あるいは学生の地位にあることに付随して必要となる費用として納付されるものであって,その使途が具体的に明示されているにすぎないものと解される。
これに対して,@の入学金は,入学時にのみ納付することとされていて,要項等において,他の学生納付金と納付期限に差異が設けられていることも多い上,一定の期限までに入学辞退を申し出た場合に入学金以外の学生納付金のみを返還する旨定められていることが多いなど,一般に他の学生納付金とは異なる取扱いがされており,法令上も授業料とは別に位置付けられている(学校教育法施行規則4条1項7号等)。
また,我が国においては,大学の入学の時期は,原則として学年の初めすなわち4月1日とされ(学校教育法施行規則72条,44条及び各大学の学則の定め),新入生を募集する時期も限定されているが,各大学,学部あるいは入学試験の種類等によって試験日が様々であるために,同一年度に複数の大学,学部を併願受験することが可能であることから,大学の入学試験の受験者の相当数が複数の大学,学部を併願受験し,合格した大学,学部の中から自己の志望等を勘案して実際に入学する大学,学部を選択している。
そして,合否の発表日や入学手続の期間も各大学,学部あるいは入学試験の種類等によって様々に定められているため,受験した大学,学部の入学試験に合格した者は,当該大学,学部への入学についての志望の強さ,併願受験した他大学,他学部の入学試験の合否の結果あるいはその見通し,入学についての志望の強さ等を勘案して,当該合格した大学,学部について,入学金の納付を含む入学手続の全部又は一部を行って在学契約又はその予約(以下,これらを併せて「在学契約等」という。)を締結するかどうかを決定することが通例である。
入学試験合格者においては,在学契約等を締結することにより,在学契約等を締結した大学から正当な理由なくこの在学契約等を解除されない地位,すなわち当該大学に入学し得る地位を確保した上で,併願受験した他大学,他学部の入学試験の合否の結果を待って最終的に入学する大学,学部を選択する(入学手続の全部又は一部を行ったが入学しないこととした大学,学部については,残余の入学手続を行わず,あるいは入学辞退を申し出る。)こととし,また,他大学,他学部の入学試験が不合格となった場合でも,先に入学し得る地位を確保しておいた大学,学部に入学して,いわゆる浪人生活を回避するということが広く行われている。
一方,大学としては,入学金の納付を含む入学手続の全部又は一部を行って在学契約等を締結した学生については,当該学生が現実に当該大学に入学するかどうかにかかわらず,入学予定者として扱い,当該大学の学生として受け入れるための事務手続等を行うことになる。
以上の諸事情及び入学金という名称に照らすと,入学金は,その額が不相当に高額であるなど他の性質を有するものと認められる特段の事情のない限り,学生が当該大学に入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有するものであり,当該大学が合格した者を学生として受け入れるための事務手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。
そして,在学契約等を締結するに当たってそのような入学金の納付を義務付けていることが公序良俗に反するということはできない。
エ在学契約等の解除(ア)教育を受ける権利を保障している憲法26条1項の趣旨や教育の理念にかんがみると,大学との間で在学契約等を締結した学生が,当該大学において教育を受けるかどうかについては,当該学生の意思が最大限尊重されるべきであるから,学生は,原則として,いつでも任意に在学契約等を将来に向かって解除することができる一方,大学が正当な理由なく在学契約等を一方的に解除することは許されないものと解するのが相当である。
なお,学校教育法施行規則67条は,学生の退学は,教授会の議を経て学長が定める旨規定し,各大学の学則において,学生の側からの退学(在学契約の解除)について学長等の許可を得ることなどと定めている場合があるが,上記説示に照らすと,これらの定めをもって,学生による在学契約の解除権の行使を制約し,あるいは在学契約の解除の効力を妨げる趣旨のものと解すべきものではない。
(イ)入学手続を完了して大学と在学契約を締結した学生が,併願受験して合格した他大学に入学する意思を固めたことやその他の理由で,先に在学契約を締結した大学に入学する意思を失い,入学辞退を申し出ることは,在学契約の解除の意思表示と評価することができる。
(ウ)入学辞退(在学契約の解除)は,その学生の身分,地位に重大な影響が生ずるものであり,また,大学は多数の学生に係る事務手続を取り扱っているから,個別の学生の入学辞退の意思は,書面等によりできるだけ明確かつ画一的な方法によって確認できることが望ましいといえるけれども,入学辞退の方式を定めた法令はなく,入学辞退の申出が当該学生本人の確定的な意思に基づくものであることが表示されている以上は,口頭によるものであっても,原則として有効な在学契約の解除の意思表示と認めるのが相当である。
そして,上記のとおり,学生は原則としていつでも任意に在学契約を解除することができることにかんがみると,要項等において,所定の期限までに書面で入学辞退を申し出たときは入学金以外の学生納付金を返還する旨を定めている場合や,入学辞退をするときは書面で申し出る旨を定めている場合であっても,これらの定めが,書面によらなければ在学契約解除の効力が生じないとする趣旨のものであると解することはできない。
なお,要項等に,「入学式を無断欠席した場合には入学を辞退したものとみなす」,あるいは「入学式を無断欠席した場合には入学を取り消す」というような記載がある場合には,学生が入学式を無断で欠席することは,特段の事情のない限り,黙示の在学契約解除の意思表示をしたものと解するのが相当である。
(エ)在学契約は,解除により将来に向かってその効力を失うから,少なくとも学生が大学に入学する日(通常は入学年度の4月1日)よりも前に在学契約が解除される場合には,学生は当該大学の学生としての身分を取得することも,当該大学から教育役務の提供等を受ける機会もないのであるから,特約のない限り,在学契約に基づく給付の対価としての授業料等を大学が取得する根拠を欠くことになり,大学は学生にこれを返還する義務を負うものというべきであるし,同日よりも後に在学契約が解除された場合であっても,前納された授業料等に対応する学期又は学年の中途で在学契約が解除されたものであるときは,いまだ大学が在学契約に基づく給付を提供していない部分に対応する授業料等については,大学が当然にこれを取得し得るものではないというべきである。
また,諸会費等についても,一般に前示のような費用として大学に納付されるものであって,在学契約の締結に当たって授業料等と併せて納付すべきものとされていることに照らすと,在学契約が解除されて将来に向かって効力を失った場合,原則として,その返還に関して授業料等と別異に解すべき理由はなく,諸会費等の中には大学が別個の団体に交付すべきものが含まれているとしても,それだけでは大学には利得がないとして大学がその返還義務を免れる理由にはならないというべきである。
これに対して,学生が大学に入学し得る地位を取得する対価の性質を有する入学金については,その納付をもって学生は上記地位を取得するものであるから,その後に在学契約等が解除され,あるいは失効しても,大学はその返還義務を負う理由はないというべきである。
オ不返還特約の性質(ア)ところで,一般に,大学は,要項等において,「いったん納付された学生納付金は理由のいかんを問わず返還しない」,あるいは「所定の期限までに入学辞退を申し出た場合に限り,入学金以外の学生納付金を返還する」などと定めており,この場合,学生納付金を納付して特定の大学と在学契約等を締結した学生は,特段の事情のない限り,これらの定めを理解,認識した上で学生納付金を納付したものと認められるから,当該学生と当該大学との間では,在学契約等に関し,上記定めに従った特約(以下「不返還特約」という。)が成立したものと認められる。
(イ)上記のとおり,入学金については,その納付後に在学契約等が解除され,あるいは失効しても,その性質上大学はその返還義務を負うものではないから,不返還特約のうち入学金に関する部分は注意的な定めにすぎない。
(ウ)一方,不返還特約のうち授業料等に関する部分は,在学契約が解除された場合に本来は大学が学生に返還すべき授業料等に相当する額の金員を大学が取得することを定めた合意である。
そして,前記のような我が国における大学の入学試験及び受験者の大学選択の実情の下では,入学試験に合格した者が在学契約等を締結しても,実際に当該大学に入学するかどうかは多分に不確実なものであるが,私立大学においては,学生から納付を受ける授業料等がその支出を賄う主要な財源であって,もう一つの重要な財源である国庫補助金も,在学者数や入学者数が収容定員や入学定員を大きく超過し又は大きく下回る場合には,減額されたり支給を受けられなくなったりする(私立学校振興助成法5条2号,3号,6条,日本私立学校振興・共済事業団が定める「私立大学等経常費補助金取扱要領」等)上,大学は,その設置運営について法令の規制及び所轄庁による監督を受け,学則に定める収容定員等に応じて大学設置基準(短期大学においては短期大学設置基準)所定の人的物的教育設備を整える義務を負っており(学校教育法3条,学校教育法施行規則66条),入学者数が減少したからといって経費を削減することは容易ではない。
しかも,大学が新入生を募集する時期は限られており,その時期を過ぎてから新入生を追加入学させることは困難であるし,大学における修業年限は,相当長期間(通常4年又は6年。
短期大学においては2年又は3年。)に及ぶ(学校教育法55条,69条の2第2項)ので,修業年限の途中からの中途入学者(いわゆる学士入学を含む編入学によって入学する者)を受け入れることも必ずしも容易とはいえない。
また,入学者数の確保を図ろうとするあまり,入学辞退者が多数出ることを予想して学力水準の低い者の入学を許すことになれば,当該大学における教育研究や当該大学に対する社会的な評価の面で支障や不利益が生ずるおそれもある。
これらの事情を考慮すると,不返還特約は,入学辞退(在学契約の解除)によって大学が被る可能性のある授業料等の収入の逸失その他有形,無形の損失や不利益等を回避,てん補する目的,意義を有するほか,早期に学力水準の高い学生をもって適正な数の入学予定者を確保するという目的に資する側面も有するものといえる。
以上によれば,不返還特約のうち授業料等に関する部分は,在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有するものと解するのが相当である。
この点は,不返還特約のうち諸会費等に関する部分についても,基本的に妥当するものと解される。
したがって,不返還特約(授業料等及び諸会費等に関する部分。
以下同じ。)が有効と認められる以上は,大学は授業料等及び諸会費等の返還義務を負わないというべきである。
カ不返還特約の公序良俗違反該当性前記のとおり,不返還特約は,在学契約の解除によって大学が被る可能性のある授業料等の収入の逸失その他有形,無形の損失や不利益等を回避,てん補する目的,意義を有するほか,早期に学力水準の高い学生をもって適正な数の入学予定者を確保するという目的に資する側面も有するものというべきであって,一概にその合理性を否定することはできない。
そして,このような不返還特約は,長年にわたりほとんどの私立大学の在学契約において設けられてきたものであり,入学試験受験者は,要項等によって不返還特約の存在及びその内容を認識,理解した上で,その自由な意思に基づき,受験する大学を決定し,更に,合格した大学について学生納付金を納付するかどうか,学生納付金を納付した大学について入学辞退をするかどうかを,その利害得失を勘案しながら,それぞれ決定しているものである。
また,不返還特約に係る授業料等及び諸会費等は,一般に入学年度の最初の学期分ないし1年分のものである。
以上によれば,不返還特約は,その目的,意義に照らして,学生の大学選択に関する自由な意思決定を過度に制約し,その他学生の著しい不利益において大学が過大な利益を得ることになるような著しく合理性を欠くと認められるものでない限り,公序良俗に反するものとはいえないというべきである。
なお,医学関係又は歯学関係の学部においては,一般に入学金,授業料等ともかなり高額に定められているが,他の学部と比較して,国庫補助金交付の関係等から厳しい定員管理が必要とされている(前記「私立大学等経常費補助金取扱要領」等)ため,あらかじめ入学定員を大幅に上回る数の合格者を決定しておくことは困難であること,大学設置基準等によって一定の水準を満たす附属病院の設置が義務付けられていること,その性質上少人数制の教育が必要であるために,施設設備の設置運営に巨額の費用を要し,学生一人当たりに要する経費も他の学部に比べて格段に高額であること,修業年限が6年と長期であることなどの事情に照らすと,入学辞退によって欠員が生じる可能性が潜在的に高く,欠員が生じた場合に生ずる損失が多額になることは否定し難い。
このような事情にかんがみると,医学関係又は歯学関係の学部の入学金の額及び不返還特約に係る損害賠償額の予定又は違約金が相当高額になることをもって,直ちに入学金の定め及び不返還特約が公序良俗に反するものとはいえないというべきである。
(2)各論以上を本件についてみると,次のようにいうことができる。
ア原告が被告大学に対して本件学生納付金全額を納付し,入学手続を完了した時点で,本件在学契約が成立した。
前記(1)イにいう特段の事情はうかがわれない。
イ本件学生納付金のうち,本件授業料等は,在学契約に基づく被告大学の学生に対する給付の対価としての性質を有するものであるが,本件入学金は,被告大学に入学し得る地位を取得するための対価としての性質を有するものであり,被告大学が合格した者を学生として受け入れるための事務手続等に要する費用にも充てられることが予定されているものというべきである。
そして,本件入学金の額が他の私立大学の医学関係の学部における入学金の額と比較して格別高額であるとはいえず,本件入学金の納付の定めが公序良俗に反して無効と解すべき事情はうかがわれない。
他に前記(1)ウにおいて説示する原則と異なる事情や特段の事情もうかがわれない。
そうすると,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求のうち,本件入学金の返還を求める部分は理由がない。
ウ原告は,平成13年3月27日ころまでに被告大学への入学を辞退する旨申し出たというのであり,前記(1)エにおいて説示する原則と異なる事情もうかがわれないから,これを有効な本件在学契約の解除の意思表示と解すべきである。
エ本件不返還特約のうち,本件授業料等に関する部分は,在学契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めの性質を有するものと解される。
オ本件不返還特約(本件授業料等に関する部分。
以下同じ。)は,在学契約の解除によって被告大学が被る可能性のある授業料等の収入の逸失その他有形,無形の損失や不利益等を回避,てん補する目的,意義を有するほか,早期に学力水準の高い学生をもって適正な数の入学予定者を確保するという目的に資する側面も有するものというべきである。
本件不返還特約に係る額,すなわち入学手続時に納付すべきものとされている本件授業料等の額が614万円と相当高額であり,特に教育充実費については,6年間に納付することとされている合計額950万円のうち500万円を入学手続時に納付すべきものとされてはいるが,被告大学は医科大学であることからすれば,入学辞退によって欠員が生じる可能性が潜在的に高く,欠員が生じた場合に生ずる損失が多額になることは否定し難いのであって,本件不返還特約が,当時の私立大学の医学関係の学部における不返還特約との比較において,格別学生にとって不利益な内容のものであることもうかがわれない。
そして,原告は,入学試験要項等によって,本件不返還特約の存在及びその内容を認識,理解した上で,その自由な意思に基づき,被告大学を受験することを決定し,本件学生納付金の納付及び被告大学の入学辞退に当たっても,その利害得失を勘案しながらこれを決定したものというべきである。
そうすると,前記第1の1(10)及び(12)の事実等を考慮しても,本件不返還特約が,その目的,意義に照らして,学生の大学選択に関する自由な意思決定を過度に制約し,その他学生の著しい不利益において大学が過大な利益を得ることになるような著しく合理性を欠くものとまでは認め難く,公序良俗に反するものとはいえない。
その他,本件において,本件不返還特約の効力の全部又は一部を否定すべき事情や被告大学が本件学生納付金の返還を拒むことが信義に反するというべき事情もうかがわれない。
そうすると,被告大学は,原告に対し,本件授業料等について不当利得返還義務を負わないというべきである。
カしたがって,本件不返還特約が無効であるとして,本件授業料等について不当利得の成立を認めた原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
被告大学の論旨のうち,この点をいう部分(上告受理申立て理由第4項の2〜4)は理由があるが,その余の論旨は,以上の判断に反する限度においていずれも理由がない。
原判決中被告大学敗訴部分は破棄を免れない。
他方,原判決中原告の請求を棄却すべきものとした部分は相当であって,原告の論旨は理由がない。
なお,原告は,選択的に準委任契約の終了に基づく受取物引渡請求権に基づく請求もするが,本件不返還特約が無効と認められない以上,その余の点について判断するまでもなく,同請求権に基づく請求も理由がないことは明らかである。
第3結論以上によれば,原告の請求を全部棄却すべきものとした第1審判決は相当であるから,被告大学の上告に基づき,原判決中被告大学敗訴部分を破棄し,同部分につき原告の控訴を棄却し,原告の上告を棄却することとする。
よって,裁判官滝井繁男の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
裁判官滝井繁男の反対意見は,次のとおりである。
1私も,本件不返還特約は公序良俗に反する無効なものではないと考えるが,本件においては,被告大学が原告の入学辞退後に所定の数の入学者を得たにもかかわらず本件不返還特約を援用し,教育役務の提供等,大学の学生に対する給付の対価及び費用の性質を有する授業料等の返還を拒否することは許されないものと考える。
本件不返還特約の性質は損害賠償額の予定に該当するものであるところ,この合意は,契約の自由の原則に由来するものであって,有効に行われた以上,裁判所はあらかじめ定められた損害の額を増減することはできないとされているものである(民法420条1項後段)が,私法上の権利の行使は信義に従い誠実に行使すべきものであって(民法1条2項),本件不返還特約が設けられた趣旨,被告大学が主張する損害の内容に照らせば,被告大学がこれを援用して原告の納付した授業料等の返還請求を拒否することは著しく衡平を欠き信義に反し,許されないと考えるからである。
2原告と被告大学との間に結ばれた本件在学契約は,被告大学が設置している大学において,大学の有する教育理念に基づき,その人的,物的設備を利用して教育役務を提供することを約し,学生となる原告がその費用を負担し,報酬を支払うことを約する双務有償契約であって,その中に,大学は学生が在学契約を解除しても在学契約締結に際して支払った授業料等の返還義務を負わないとする本件不返還特約も含まれているのである。
私も,我が国大学の入学試験と受験者の大学選択の実情の下では,本件不返還特約は,学生の入学辞退に伴って生じることがある大学の損害を回避する目的を有するものであり,著しく合理性を欠くものとまではいえないから,これを公序良俗に反し無効と解すべきものではないことは多数意見の指摘するとおりであると考える。
確かに学生が在学契約締結時に支払うことが求められる授業料等は入学後において学生が受けることとなる役務の対価であるところ,被告大学は,入学金のほか6年間で950万円とされている教育充実費のうち500万円と第1期分授業料等を含む614万円に及ぶ高額の授業料等を入学試験の合格通知を受けてから短期間の間に一括して支払を求め,学生が併願していることの多い国立大学の後期日程の入学試験の合格発表までに入学辞退を申し出ない限り契約を解除しても返還をしないというのであって,このような内容の本件不返還特約は,被告大学と在学契約を締結しようとする以上,個々の条項について自由に交渉する余地のない附合契約の性質をもつものであることを考え合わせると,学生の窮迫に乗じたものであるという原判決の指摘するような側面のあることも否定できない。
しかしながら,大学には入学定員があって,その遵守が求められており,大学はこの定員に応じて所定の人的,物的教育設備を整える責務を負っており(学校教育法3条,同法施行規則66条),入学年度の開始時に定員を充足しないときには,学期の途中においてこれを補充することは難しいこと,入学辞退者が出たため定員を充たすことができない場合にも大学はそれに応じて役務内容を縮小し得るものではないだけでなく,大学にとって重要な財源の一つである国庫補助金も入学定員と在籍学生の割合によっては減額されたり,支給を受けられなくなったりする実情にあること(私立学校振興助成法5条,6条)を考え合わせると,入学辞退に伴って生じることがある損害の負担を入学辞退者に求めることは相当の合理性をもつものであり,このような目的をもつ本件不返還特約を公序良俗に反するとまでいうことはできない。
3ところで,原判決の認定によれば,原告は平成13年3月2日,被告大学から入学試験の合格通知を受け,同月8日午後3時までに所定の学生納付金を納入しなければならないとの被告大学の定める入学に関する手続に従って同月5日これを納入し入学手続を完了したのである。
しかしながら,原告は,当時,別に受験を予定していたA大学医学部の後期日程入学試験に合格すれば同大学に入学したいと考えていたところ,同大学に合格することは不確実であったことから,前記のとおり被告大学への入学手続をとったのであるが,同月22日A大学の入学試験に合格し,同月26日同大学への入学手続を完了したため,同日被告大学に対し入学辞退を申し出るとともに,翌27日付けで入学辞退申請書を提出し入学辞退の意思表示をしたのである。
これに対し,被告大学は本件不返還特約があることを理由に授業料等を返還する義務はないというのである。
しかしながら,本件不返還特約は,大学が入学手続後の入学辞退によって生じることのある大学側の損害のてん補を目的とすることにその合理性を有すると解すべきところ,原判決の認定によれば,平成13年度においては入学辞退者が出たものの順次繰上合格者を発表した結果,定員を充たすに足るものが入学手続をとったため,最終的には入学辞退による損害は生じていないのであって,本件不返還特約はそれが依拠した合理的理由を失っていると考えられるのである。
もとより損害賠償の予定をし,その支払を約した者は,損害が発生しないことを理由に,あらかじめ約した損害金の支払を拒むことができるというわけではない。
しかしながら,本件不返還特約は,自由な意思に基づくものとはいうものの,前記のとおり大学において一方的に定め,在学契約を締結しようとする者はこの特約を排除して契約を締結する余地のないものであることから,合格通知を受けた学生は限られた時間内にその手続をとることを求められているため,やむなくその後の入学辞退の可能性を残しながら授業料等を納入して入学手続を終えたものの,より志望の強い大学の試験結果を待っている者が少なくないという実情にある。
どの大学において教育を受けるかは当該学生の意思が最大限に尊重されるべきところ,授業料等が入学後に受ける役務の対価であり,それが高額なものであるにもかかわらず本件不返還特約が有効とされるのは,入学辞退に伴い大学が予定した数の入学者を確保することができないことによって大学の被る損害は無視し得ないものとなることがあるため,これを入学辞退者に負担させることはそれなりの合理性があると考えられるからである。
したがって,入学辞退があっても,予定入学者の不足という本件不返還特約の有効性を根拠付けた前提を欠いた場合には,本件不返還特約を根拠に役務の対価としてあらかじめ受けた授業料等の返還を当然に拒否し得るものではないというべきである。
4ところで,私立大学の運営経費は一般的に学生の学生納付金と寄付金及び国庫補助金によって賄われており,入学定員を遵守しない大学は所期の国庫補助金を受けられない場合があることから,各大学とも入学定員を基準にはするものの,それを超える相当数の学生を入学させようとしていることがうかがわれる。
私立大学等経常費補助金取扱要領においても,在籍学生数の定員に対する割合が相当程度超えたときは,補助金を交付しないこととしているが,学則上の定員遵守を必ずしも厳格に求めているわけではないので,多くの私立大学は学則上の定員を超えて入学させることを念頭に,入学辞退者を見込んだ数の合格者を発表し,所定の入学者数を確保しているのである。
ところが,医学部においてはその教育内容の性質上,少人数教育が必要であることから定員の遵守が強く求められ,補助金の交付においても在籍学生数の定員に対する割合を厳しく規制され,その基準を超える場合には補助金を交付しないものとされていることもあって,入学定員の管理は他学部におけると異なる厳しさが求められているのである。
そのため,入学辞退者を織り込んだ数の合格者を発表するには限度があることから,限られた期間に入学定員に相当する学生を確保するために格段の努力をしている大学が少なくないことがうかがえるのである。
被告大学も,このような医科大学における特殊な事情から,早期に入学意思の固い者を判別し,入学定員を確保するため授業料等を含む学生納付金を納付して入学手続を済ませ,入学を辞退した場合の学生納付金の返還期限を設ける本件不返還特約は入学定員確保のために必要であるというのである。
確かに,一般的には高額の学生納付金を支払って入学手続を終えた者は入学の意思を持っているであろうと期待し得るものと考えられるが,実際には原告のように真意は他のより強い志望を抱く大学がありながら当該大学への合格可能性を考え,いわば滑り止めのために入学手続をとる者は少なくないはずである。
現に原判決の認定によれば,平成13年度の被告大学の入学試験において,合計125名の繰上合格者を発表し,そのうち101名が入学手続をしたものの,20名が入学を辞退していることがうかがわれるのである。
被告大学においては,平成11年度から平成15年度までの間,現実に定員割れを生じていないのであるが,それは現時における医学部入学志望者数の多さによるものであって,本件不返還特約がどの程度定員割れ防止に効果的な役割を果たしているかは甚だ疑問であるといわなければならない。
もとより,繰上合格は入学試験の成績に応じて順次決定されると考えられ,その時期が遅くなるほどその入学試験における成績の低い者が合格することになるのであるから,大学としては繰上合格の手続をすることは避けたいところではある。
しかしながら,他方,複数の大学を受験している学生が志望の程度の高い学校を選択しようとすることも避け難いのであって,本件不返還特約が入学辞退による定員割れ防止や学力水準の高い学生の確保において果たす現実的役割はそれほど大きいものとは考えられないのである。
むしろ,実際には本件学生納付金は入学金のほか授業料,実習料,施設拡充費,教育充実費に分けて徴収されてはいるものの,費用の名目と支出との間に対応関係があるわけではなく,前記のとおりその金額は極めて高額であって,その全額が被告大学の財政基盤の確立に寄与するものとして機能しているのである。
この点について,被告大学は,医学部学生の教育には相当の資金を要するのであって,学生が在学中に受ける教育に要する費用に照らせば,本件不返還特約に係る金額は著しく高額なものではなく,本件不返還特約は経済的合理性を欠くものではないと主張する。
確かに医学部学生の教育には相当の費用を要するのであって,被告大学の運営は主として学生納付金と国庫補助金と附属病院における医療収入とで賄われているところ,本件不返還特約は在学生の負担額を一定程度軽減している側面もあって,これによって被告大学が不当な利益を受けているものとは必ずしもいえない。
しかしながら,医師養成に要する費用はそれが社会的費用として国庫が負担するべきものがあるにしろ,寄付金を除けば,本来受益者たる学生が負担すべきものであって,入学を辞退した者に負担を求めるべきものではない。
また,被告大学は繰上合格制度などを通じて並々ならぬ定員確保のための努力をしており,それによって定員割れが回避されているというのであるが,定員確保のために様々な努力がなされ,そのために生じる費用があるにしろ,それは入学準備行為のための費用であり,本来そのために徴収した入学金によって賄われるべきものである。
本件不返還特約はあくまでも現在の大学入試や学生の大学選択の実情の下では入学辞退による損害が無視し得ないものとなることにその合理性が認められたのであるから,私は,入学辞退によっても予定した数の学生が入学したため,入学辞退に伴う損害が生じていないことが明らかである場合に,なお本件不返還特約を楯に解除によって給付しないこととなった役務の対価たる極めて高額に及ぶ授業料等の返還を拒否するというのは背理であると考えるのである。
被告大学は,原告が本件不返還特約を知悉し,それを承認した上で在学契約を締結し,自己の判断で入学辞退を選択したものであり,その際にそれなりの利益衡量をしているのであるから,被告大学の本件不返還特約に基づく権利主張は正当性をもつともいうのである。
確かに原告は本件不返還特約を承知の上で一連の選択をしたものではあるが,前記のとおりこの特約は在学契約締結に際して当事者間の自由な交渉の中で合意されたものではなく,被告大学が一方的に定め,契約を締結しようとする以上選択の余地のないことからこれに応じたものである。
そして,本件不返還特約の目的は,学生の入学辞退に伴い所定の入学者を確保できなかったことによって生じる被告大学の経済的損失が大きいことから,これを入学辞退した学生に負担させることには相当の合理性が認められるために学生もこれに応じたと考える余地もあり,そのことは被告大学も否定し得ないはずである。
したがって,入学辞退があったにもかかわらず所定の入学者があって,大学にこの特約が前提とした損害が生じていない以上,入学辞退が学生の利益衡量による選択の結果であるという理由で授業料等の不返還を正当化できるものではないと考える。
結局,繰上合格により被告大学の定員が充足されたことによって,授業料等の本件不返還特約はその合理性を根拠付けた前提を欠くことが明らかであるから,このような場合には,本件不返還特約のおかれた目的,態様に照らし,当事者の衡平の見地から,被告大学がこれを理由に原告の授業料等の返還請求を拒否することは,信義に反し許されないものと考えざるを得ないのである。
本件不返還特約自体は有効であるが,被告大学は入学手続後の入学辞退に伴って生じた損害が生じていないにもかかわらず,本件不返還特約の存在を理由に在学契約解除後の授業料等の返還を拒否することはできないと解すべきであって,本件授業料等の返還請求を認容した原判決は結論において正当であり,本件上告は棄却すべきものである。
(裁判長裁判官 古田佑紀 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野修 裁判官 今井功 裁判官 中川了滋)

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