主文 原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由 上告代理人安永宏,同奥田律雄,同青山隆徳の上告受理申立て理由について 1原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)A信金(以下「A信金」という。)は,Bに対する貸付債権を担保するために,Cら所有の不動産に根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定を受け,平成7年6月9日,Bに対し,3000万円を貸し付けた(以下,この貸付けに係る債務を「本件債務」という。)。
(2)そのころ,上告人は,Bから保証の委託を受けて,A信金との間で,本件債務を連帯保証する旨の契約をし,また,被上告人は,上告人との間で,上記保証の委託に基づきBが上告人に対して負担すべき求償債務を連帯保証する旨の契約をした。
(3)Bは,平成9年10月6日,佐賀手形交換所の取引停止処分を受けたことから,A信金との約定に基づき,本件債務の期限の利益を喪失した。
(4)A信金が,本件債務に係る残元本債権その他の貸付債権を被担保債権として,本件根抵当権に基づき,Cらに対して不動産競売(以下「本件競売」という。)を申し立てたところ,佐賀地方裁判所は,平成9年11月26日,競売開始決定をし,同決定正本は,同年12月11日,Bに特別送達郵便物として送達された。
(5)上告人は,平成9年12月25日,A信金に本件債務の残元本と利息合計2500万8412円を代位弁済し,同日,A信金から,本件根抵当権の一部移転の付記登記を受けた。
(6)上告人は,平成10年1月6日,佐賀地方裁判所に債権届出書等を提出し,A信金の差押債権者の地位の一部承継を申し出た。
同裁判所の裁判所書記官は,そのころ,民事執行規則(平成15年最高裁判所規則第22号による改正前のもの。)171条に基づき,上記のとおり承継があったことをBに普通郵便で通知した。
この郵便は,転居先不明のため到達しなかったが,本件競売手続はそのまま続行された(民事執行規則3条1項,民訴規則4条5項参照)。
(7)上告人は,平成11年9月29日の配当期日において,332万2197円の配当を受け,本件競売手続は同日終了した。
2上告人の本訴請求は,Bが上告人に対して負担する上記求償債務の連帯保証人である被上告人に対し,求償残元金2104万1215円と遅延損害金についてその連帯保証債務の履行を求めるものである。
これに対し,被上告人は,本訴の提起された平成16年9月9日の時点では,上告人がA信金に代位弁済した平成9年12月25日から5年が経過しているので,上告人のBに対する求償権は時効消滅しており,上告人の被上告人に対する連帯保証債務履行請求権も時効消滅していると主張している。
3前記事実関係の下において,第1審は,いわゆる欠席判決により,上告人の請求をすべて認容したが,原審は,上告人のBに対する求償権は,上告人がA信金に代位弁済した平成9年12月25日にはその権利行使が可能となったものということができるから,同日から5年の経過により,時効消滅しており,したがって,上告人の被上告人に対する連帯保証債務履行請求権も時効消滅しているとして,消滅時効の抗弁を認め,上告人の請求を棄却すべきものとした。
なお,上告人は,上記差押債権者の地位の一部承継の申出による時効中断の再抗弁を主張したが,原審はこれを排斥した。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。
その理由は,次のとおりである。
(1)債権者が物上保証人に対して申し立てた不動産競売について,執行裁判所が競売開始決定をし,同決定正本が主債務者に送達された後に,主債務者から保証の委託を受けていた保証人が,代位弁済をした上で,債権者から物上保証人に対する担保権の移転の付記登記を受け,差押債権者の承継を執行裁判所に申し出た場合には,上記承継の申出について主債務者に対して民法155条所定の通知がされなくても,次のとおり,上記代位弁済によって保証人が主債務者に対して取得する求償権の消滅時効は,上記承継の申出の時から上記不動産競売の手続の終了に至るまで中断すると解するのが相当である。
ア保証人は,上記代位弁済によって,主債務者に対して求償権を取得するとともに,債権者が主債務者に対して有していた債権(以下「原債権」という。)と上記担保権を代位により取得するところ(民法501条),原債権と上記担保権は,求償権を確保することを目的として存在する付従的な性質を有するものであり(最高裁昭和58年(オ)第881号同61年2月20日第一小法廷判決・民集40巻1号43頁参照),保証人の上記承継の申出は,代位により取得した原債権と上記担保権を行使して,求償権の満足を得ようとするものであるから,これによって,求償権について,時効中断効を肯認するための基礎となる権利の行使があったものというべきである(最高裁平成3年(オ)第1493号同7年3月23日第一小法廷判決・民集49巻3号984頁参照)。
イ物上保証人に対する不動産競売の開始決定正本が主債務者に送達された場合には,原債権の消滅時効は,同決定正本が主債務者に送達された時から上記不動産競売の手続の終了に至るまで中断するが(最高裁平成7年(オ)第374号同年9月5日第三小法廷判決・民集49巻8号2784頁,最高裁平成5年(オ)第1788号同8年7月12日第二小法廷判決・民集50巻7号1901頁参照),このことは,途中で,代位弁済による差押債権者の承継があった場合も異ならないので,差押債権者の承継は,一般に,原債権の消滅時効について主債務者に不利益を生じさせるものではない。
そして,上記のとおり,原債権は求償権を確保することを目的として存在するものであるから,このことは,同時に求償権の消滅時効についても当てはまるものである。
また,保証人に保証の委託をしていた主債務者においては,自ら弁済するなどして上記不動産競売の手続の進行を止めない限り,保証人が代位弁済をして差押債権者の承継を申し出るということは,当然に予測すべきことというべきである。
民法155条は,時効の利益を受ける者(以下「時効受益者」という。)以外の者に対して時効中断効を生ずる行為がされた場合に,時効受益者が不測の不利益を被ることがないように,上記行為があったことを時効受益者に通知すべきことを定めた規定であるが(最高裁昭和47年(オ)第723号同50年11月21日第二小法廷判決・民集29巻10号1537頁参照),既に物上保証人に対する不動産競売の開始決定正本の送達を受けて時効中断効を生ずる行為があったことの通知を受けている時効受益者たる主債務者については,上記のとおり,一般に差押債権者の承継によって原債権の消滅時効ひいては求償権の消滅時効について不利益を被ることはなく,また,保証人が代位弁済をして差押債権者の承継を申し出ることは当然に予測すべきことであるから,上記承継の申出があったことの通知を受けなければ不測の不利益を被るということはできない。
そうすると,民法155条の法意に照らし,上記承継の申出については,時効受益者たる主債務者に対する時効中断の問題に関する限り,主債務者に通知することを要しないというべきである。
ウ以上によれば,前記の場合には,前記代位弁済によって保証人が主債務者に対して取得する求償権の消滅時効は,前記承継の申出の時から前記不動産競売の手続の終了に至るまで中断するというべきである。
(2)前記事実関係によれば,A信金が本件根抵当権に基づきCらに対して申し立てた本件競売について,佐賀地方裁判所が競売開始決定をし,同決定正本が主債務者であるBに送達された後に,Bから保証の委託を受けていた上告人が,平成9年12月25日に,A信金に本件債務の残元本等の代位弁済をした上で,A信金から本件根抵当権の一部移転の付記登記を受け,平成10年1月6日に,同裁判所に債権届出書等を提出してA信金の差押債権者の地位の一部承継を申し出て,本件競売手続は,平成11年9月29日に終了したというのである。
そうすると,上告人が上記代位弁済によってBに対して取得した求償権の消滅時効は,権利行使が可能となった平成9年12月25日にいったん進行を開始したものの,上告人が上記承継の申出をした平成10年1月6日から本件競売手続が終了した平成11年9月29日まで中断し,同日改めて進行を開始したというべきであるから,本訴の提起された平成16年9月9日の時点ではいまだ完成していなかったというべきであり,したがって,上告人の被上告人に対する連帯保証債務履行請求権の消滅時効も完成していなかったというべきである(民法457条1項)。
これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨はこれと同旨をいう限度で理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,上記説示によれば,上告人の請求を認容した第1審判決は結論において正当であるから,被上告人の控訴を棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官上田豊三裁判官藤田宙靖裁判官堀籠幸男裁判官那須弘平)
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