法律学研究支援室


事件番号 平成16(受)1748
事件名 認知請求事件
裁判年月日 平成18年09月04日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄自判
判例集巻・号・頁
原審裁判所名 高松高等裁判所??
原審事件番号 平成15(ネ)497
原審裁判年月日 平成16年07月16日
判示事項
裁判要旨 保存された男性の精子を用いて当該男性の死亡後に行われた人工生殖により女性が懐胎し出産した子と当該男性との間に,認知による法律上の親子関係の形成は認められない
参照法条
全文

主文

原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人の上告受理申立て理由について1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) AとBは,平成9年▲月▲日に婚姻した夫婦(以下「本件夫婦」という。)である。
(2) Aは,婚姻前から,慢性骨髄性白血病の治療を受けており,婚姻から約半年後,骨髄移植手術を行うことが決まった。
本件夫婦は,婚姻後,不妊治療を受けていたが,Bが懐胎するには至らず,Aが骨髄移植手術に伴い大量の放射線照射を受けることにより無精子症になることを危ぐし,平成10年6月,a県b市に所在する病院において,Aの精子を冷凍保存した(以下,この冷凍保存した精子を「本件保存精子」という。)。
(3) Aは,平成10年夏ころ,骨髄移植手術を受ける前に,Bに対し,自分が死亡するようなことがあってもBが再婚しないのであれば,自分の子を生んでほしいという話をした。
また,Aは,骨髄移植手術を受けた直後,同人の両親に対し,自分に何かあった場合には,Bに本件保存精子を用いて子を授かり,家を継いでもらいたいとの意向を伝え,さらに,その後,Aの弟及び叔母に対しても,同様の意向を伝えた。
(4) 本件夫婦は,Aの骨髄移植手術が成功して同人が職場復帰をした平成11年5月,不妊治療を再開することとし,同年8月末ころ,c県d市に所在する病院から,本件保存精子を受け入れ,これを用いて体外受精を行うことについて承諾が得られた。
しかし,Aは,その実施に至る前の同年9月▲日に死亡した。
(5) Bは,Aの死亡後,同人の両親と相談の上,本件保存精子を用いて体外受精を行うことを決意し,平成12年中に,上記病院において,本件保存精子を用いた体外受精を行い,平成13年5月▲日,これにより懐胎した被上告人を出産した。
2 本件は,上記の経過により出生した被上告人が,検察官に対し,被上告人がAの子であることについて死後認知を求めた事案である。
3 原審は,前記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件請求を棄却した第1審判決を取り消し,本件請求を認容すべきものとした。
(1) 民法787条は,生殖補助医療が存在せず,男女間の自然の生殖行為による懐胎,出産(以下,このような生殖を「自然生殖」といい,生殖補助医療技術を用いた人為的な生殖を「人工生殖」という。)のみが問題とされていた時代に制定されたものであるが,そのことをもって,男性の死亡後に当該男性の保存精子を用いて行われた人工生殖により女性が懐胎し出産した子(以下「死後懐胎子」という。)からの認知請求をすること自体が許されないとする理由はない。
(2) 民法787条に規定する認知の訴えは,婚姻外で生まれた子を父又は母が自分の子であることを任意に認めて届出をしない場合に,血縁上の親子関係が存在することを基礎とし,その客観的認定により,法律上の親子関係を形成する制度である。
したがって,子の懐胎時に父が生存していることは,認知請求を認容するための要件とすることはできない。
そして,死後懐胎子について認知が認められた場合,父を相続することや父による監護,養育及び扶養を受けることはないが,父の親族との間に親族関係が生じ,父の直系血族との間で代襲相続権が発生するという法律上の実益がある。
もっとも,夫婦の間において,自然生殖による懐胎は夫の意思によるものと認められるところ,夫の意思にかかわらずその保存精子を用いた人工生殖により妻が懐胎し,出産した子のすべてが認知の対象となるとすると,夫の意思が全く介在することなく,夫と法律上の親子関係が生じる可能性のある子が出生することとなり,夫に予想外の重い責任を課すこととなって相当ではない。
そうすると,上記のような人工生殖により出生した子からの認知請求を認めるためには,当該人工生殖による懐胎について夫が同意していることが必要であると解される。
以上によれば,死後懐胎子からの認知請求が認められるためには,認知を認めることを不相当とする特段の事情がない限り,子と父との間に血縁上の親子関係が存在することに加えて,当該死後懐胎子が懐胎するに至った人工生殖について父の同意があることが必要であり,かつ,それで足りると解される。
(3) 被上告人は,Aの死亡後に本件保存精子を用いて行われた体外受精によりBが懐胎し,出産した者であるから,Aとの間に血縁上の親子関係が存在し,Aは,その死亡後に本件保存精子を用いてBが子をもうけることに同意していたと認められる。
そして,本件全証拠によっても,本件請求を認容することを不相当とする特段の事情は認められない。
そうすると,被上告人は,Aを父とする認知請求が認められるための上記要件を充足しているというべきである。
4 しかしながら,原審の上記判断のうち(2)及び(3)は是認することができない。
その理由は,次のとおりである。
民法の実親子に関する法制は,血縁上の親子関係を基礎に置いて,嫡出子については出生により当然に,非嫡出子については認知を要件として,その親との間に法律上の親子関係を形成するものとし,この関係にある親子について民法に定める親子,親族等の法律関係を認めるものである。
ところで,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可能な懐胎も可能とするまでになっており,死後懐胎子はこのような人工生殖により出生した子に当たるところ,上記法制は,少なくとも死後懐胎子と死亡した父との間の親子関係を想定していないことは,明らかである。
すなわち,死後懐胎子については,その父は懐胎前に死亡しているため,親権に関しては,父が死後懐胎子の親権者になり得る余地はなく,扶養等に関しては,死後懐胎子が父から監護,養育,扶養を受けることはあり得ず,相続に関しては,死後懐胎子は父の相続人になり得ないものである。
また,代襲相続は,代襲相続人において被代襲者が相続すべきであったその者の被相続人の遺産の相続にあずかる制度であることに照らすと,代襲原因が死亡の場合には,代襲相続人が被代襲者を相続し得る立場にある者でなければならないと解されるから,被代襲者である父を相続し得る立場にない死後懐胎子は,父との関係で代襲相続人にもなり得ないというべきである。
このように,死後懐胎子と死亡した父との関係は,上記法制が定める法律上の親子関係における基本的な法律関係が生ずる余地のないものである。
そうすると,その両者の間の法律上の親子関係の形成に関する問題は,本来的には,死亡した者の保存精子を用いる人工生殖に関する生命倫理,生まれてくる子の福祉,親子関係や親族関係を形成されることになる関係者の意識,更にはこれらに関する社会一般の考え方等多角的な観点からの検討を行った上,親子関係を認めるか否か,認めるとした場合の要件や効果を定める立法によって解決されるべき問題であるといわなければならず,そのような立法がない以上,死後懐胎子と死亡した父との間の法律上の親子関係の形成は認められないというべきである。
以上によれば,本件請求は理由がないというべきであり,これと異なる原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。
そして,以上説示したところによれば,本件請求を棄却すべきものとした第1審判決は正当であるから,被上告人の控訴は棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

なお,裁判官滝井繁男,同今井功の各補足意見がある。
裁判官滝井繁男の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見の結論に賛成するものであるが,その理由につき補足して意見を述べておきたい。
1 民法787条に規定する認知の訴えの制度は,婚姻外で生まれた子を父又は母が自分の子であることを任意に認めて届出をしない場合においても,血縁上の親子関係が存在することを認定して法律上の親子関係を形成するものである。
そして,父又は母の死亡後にも,一定期間に限って子又はその法定代理人によって認知の訴えを提起することを認めている。
これらは,民法の制定時期に照らし,自然生殖を前提としたものである。
ところで,今日,進歩した生殖補助医療技術の手を借りて子を持つことができる可能性が格段に広がってきた。
民法の実親子関係法制は,上記のとおり,自然生殖による出生子についての親子関係を予定していたものであるが,両親が,その意思に基づき,自然生殖の過程の一部について今日の進歩した医療の補助を受け,子を懐胎,出産した場合は,自然生殖による懐胎,出産と同視し得るものであり,これによって生まれた子との間に法律上の親子関係を認めることには何らの問題はないと考える。
これに対し,既に死亡している者が提供した冷凍保存精子を用いて子を懐胎,出産したという本件のような場合については,そもそも子は生存中の父母の配偶子によって生まれるものであるという自然の摂理に反するものであり,上記法制の予定しない事態であることは明らかである。
確かに既に死亡している者が提供した冷凍保存精子を用いて出生した子と当該死亡した精子提供者との間にも血縁関係が存在するが,民法は,嫡出推定やその否認を制限する規定,認知に関する制限規定など,血縁関係のない子との法律上の親子関係を認めたり,血縁上の親子関係のある者にも法律上の親子関係を認めない場合が生じることを予定した規定を置いていることからも明らかなように,血縁主義を徹底してはいないのであって,血縁関係があることから当然に法律上の親子関係が認められるものということはできないのである。
また,民法は,認知請求において懐胎時の父の生存を要件とする明文の規定を置いていないが,自然生殖を前提とする上記法制の下では,同要件は当然の前提となっているものというべきものであって,同要件を定める明文の規定がないことをもって,既に死亡している者が提供した冷凍保存精子を用いて出生した子と当該死亡した精子提供者との間に法律上の親子関係を認める根拠とはし得ないと考える。
2 死亡した精子提供者の生前における明確な同意がある場合には,上記両者の間に法律上の親子関係を認めてよいという考えがある。
しかしながら,本来,子は両親が存在して生まれてくるものであり,不幸にして出生時に父が死亡し,あるいは不明であるという例があるにしろ,懐胎時には,父が生存しており,両親によってその子が心理的にも物質的にも安定した生育の環境を得られることが期待されているのである。
既に死亡している者が提供した冷凍保存精子を用いて出生した子はそもそもこのような期待を持ち得ない者であり,精子提供者の生前の同意によってそのような子の出生を可能とすることの是非自体が十分な検討を要する問題である上,懐胎時に既に父のいない子の出生を両親の合意によって可能とするというのは,親の意思と自己決定を過大視したものであって,私はそれを認めるとすれば,同意の内容や手続について立法を待つほかないと考えるのである。
我が国の立法作業は,社会情勢の変化や科学の進展に対応して必ずしも迅速に行われているとはいえないことがある。
したがって,司法は,法の欠缺といわれる領域を埋めるための判断を必要とする場合もあり得ると考える。
しかしながら,本件のような医療の進展によって生じた未知の領域において生まれた子に法律上の親子関係を肯定するについては,法律上の親子というものをどうみるかについての様々な価値との調和と法体系上の調整が求められるのであって,司法機関がそれを待たずに血縁関係の存在と親の意思の合致というだけで,これを肯定することができるという問題ではないと考えるのである。
現在,法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会において,精子,卵子,胚の提供等による生殖補助医療によって出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する立法が検討されている。
そこでは,第三者が提供する精子等を用いて夫婦間で行われる生殖補助医療によって生まれた子の親子関係をどのような条件で認めるかについては一定の合意が得られつつあるものの,死亡した者が提供した冷凍保存精子を用いた生殖補助医療によって生まれた死後懐胎子の父子関係については,検討が進んでいない状況にある。
これは,精子提供者が死亡した後にその冷凍保存精子を用いた生殖補助医療の是非等の根本問題についての意見の集約が得られないことによるものと思われる。
今日の生命科学の進歩,とりわけ生殖補助医療の進歩によって,民法の実親子関係法制が想定していなかった子が少なからず出生しているといわれているが,法規制がないため,そのような子の出生を可能とする生殖補助医療は,医学界や医療集団の自己規制にゆだねられている実情にある。
あるべき規制がどのようなものであれ,既に生まれてきた子についてはその福祉を第一に考えるべきだという考えは理解でき,私もそのことに異論はない。
しかしながら,法律上の親子関係を肯定することが生まれてきた死後懐胎子の福祉にとってどれだけの意味を持つものかは,必ずしも明らかになっているわけではない。
ここで考えなければならないのは,生まれてきた死後懐胎子の福祉をどうするかだけではなく,親の意思で死後懐胎子を生むということはどういうことであり,法律上の親子関係はどのようなものであるべきかであって,その中で,生まれてくる子の福祉とは何かが考えられなければならないのである。
既に生まれている死後懐胎子の福祉の名の下に,血縁関係と親の意思の存在を理由に法律上の親子関係を肯定すれば,そのことによって懐胎時に父のいない子の出生を法が放任する結果となることになりかねず,そのことをむしろ懸念するのである。
何人もその価値を否定し得ない生まれてきた子の福祉の名において,死後懐胎子を生むということ,法律上の親子であるということの意味,そして,その中で自分の意思にかかわらず出生することとなる死後懐胎子についての検討がおろそかにされてはならないと考えるのである。
3 私は,以上の問題は,もはや医学界や医療集団の自己規制にゆだねられておいてよいことではなく,医療行為の名において既成事実が積み重ねられていくという事態を放置することはできないのであって,今日の医療技術の進歩と社会的な認識の変化の中で,死後懐胎子を始め民法の親子法制が予定していない態様の生殖補助医療によって生まれる子に関する親子法制をどういうものとみるかの検討の上に立って,これに関して速やかな法整備を行うことが求められているものと考える。
また,我が国において戸籍の持つ意味は諸外国の制度にはない独特のものがあり,子にとって戸籍の父欄が空欄のままであることの社会的不利益は決して小さくはないし,子が出自を知ることへの配慮も必要であると考える。
今後,生命科学の進歩に対応した親子法制をどのように定めるにせよ,今日の生殖補助医療の進歩を考えるとき,その法制に反した,又は民法の予定しない子の出生ということも避けられないところである。
親子法制をどのように規定するにせよ,法律上の親子関係とは別に,上記の生殖補助医療によって生まれる子の置かれる状況にも配慮した戸籍法上の規定を整備することも望まれるところである。

裁判官今井功の補足意見は,次のとおりである。
1 本件は,夫の生前に採取し,冷凍保存した精子を用いて,夫の死後に,妻の卵子との間で行われた体外受精により懐胎し,出産した子(以下「死後懐胎子」という。)から,検察官に対し,死亡した夫の子であることについて死後認知を求める事件である。
科学技術の進歩は著しく,生殖補助医療の技術も日進月歩の状況にあるが,これに伴って,様々な法律問題が生じている。
本件の死後懐胎子の認知請求の問題もその一つである。
2 現行法制の下での父子関係に関する定めを見ると,婚姻関係にある夫婦の間に出生した子は,嫡出子として,夫との間に父子関係を認められ,婚姻関係にない男女の間に出生した子は,血縁上の父の認知により法律上の父子関係を認められる。
父が認知をしない場合には,子などによる認知を求める裁判の判決により,血縁上の父と子の間の法律上の父子関係が形成される。
現行法制は,基本的に自然生殖による懐胎により出生した子に係る父子関係を対象として規律しているものであって,死後懐胎子と死亡した父との父子関係を対象としていないことは明らかである。
民法は,懐胎の後に父が死亡した場合の死後認知については規定を置いているが,懐胎の時点において,既に父が死亡している場合については,想定をしておらず,したがってこの場合の法律上の父子関係の形成については,規定を置いていない。
本件の請求は,父が死亡した場合の規定の準用ないし類推適用により子から認知の請求がされたものである。
3 生殖補助医療が着実に広まってきたことに伴って,生殖補助技術を利用して懐胎し,出生した子が増加してきており,これを受けて,これらの子の法律上の親子関係,特に父子関係については,現行法制の解釈として一定の要件の下において,父子関係が認められてきている。
しかし,これまで父子関係が認められてきたのは,いずれも,懐胎の時点において,血縁上の父が生存している場合のことであって,本件のように懐胎の時点において血縁上の父が死亡している場合のものではない。
本件のように精子提供者が死亡した後に,その者の精子を利用して人工生殖により懐胎させることの許否自体について,医学界においても議論のあるところであり,意見は一致していない。
ことは人の出生という生命倫理上の高度な問題であり,また,これについての国民一般の意識が奈辺にあるかについても,深い洞察が必要である。
4 厚生科学審議会生殖補助医療部会においては,生殖補助医療を適正に実施するための制度の整備に関し,医学(産婦人科),看護学,生命倫理学,法学の専門家からなる「専門委員会」の報告について,小児科,精神科,カウンセリング,児童・社会福祉の専門家や医療関係者,不妊患者の団体関係者,その他学識経験者も委員として加わり,より幅広い立場から検討が行われ,平成15年4月28日に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」を公表した。
この報告書においては,「生まれてくる子の福祉を優先する,人を専ら生殖の手段として扱ってはならない,安全性に十分配慮する,優生思想を排除する,商業主義を排除する,人間の尊厳を守る」との基本的な考え方に立って検討が行われた。
その結果,精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療を受けることができる者の条件,精子・卵子・胚の提供を行うことができる者の条件,提供された精子・卵子・胚による生殖補助医療の実施の条件について報告が行われた。
その中で,提供者が死亡した場合の提供された精子の取扱いについては,提供者の死亡が確認されたときには,提供された精子は廃棄する旨を提言し,その理由として,提供者の死亡後に当該精子を使用することは,既に死亡している者の精子により子どもが生まれることになり,倫理上大きな問題であること,提供者が死亡した場合は,その後当該提供の意思を撤回することが不可能になるため,提供者の意思を確認することができないこと,生まれた子にとっても,遺伝上の親である提供者が初めから存在しないことになり,子の福祉という観点からも問題であること,が挙げられている。
また,法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会が平成15年7月15日に公表した「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案」においては,夫の死後に凍結精子を用いるなどして生殖補助医療が行われ,子が出生した場合については,このような生殖補助医療をどのように規制するかという医療法制の在り方を踏まえ,子の福祉,父母の意思への配慮といった観点から慎重な検討が必要になるところ,医療法制の考え方が不明確なまま,親子法制に関して独自の規律を定めることは適当ではないと考えられたため,この問題については更なる検討は行わないこととしたとされている。
以上のとおり,死後懐胎子については,医療法制の面でも,親子法制の面でも,様々な検討が行われ,意見が出されているが,法律上の手当てはされていない現状にある。
5 このような中で,ことの当否はさておき,本件のように,死亡した夫の冷凍保存精子を用いた懐胎が行われ,それにより出生した子と精子提供者との間の父子関係をどのように考えるべきかという問題が発生しているのである。
この場合に生まれてきた子の福祉を最重点に考えるべきことには異論はなかろう。
そこで,死亡した父と死後懐胎子との間に法律上の父子関係を形成することにより,現行法上子がどのような利益を受けるか,関係者との間にいかなる法律関係が生ずるのかを考えると,法律上の父と子との間において発生する法律関係のうち重要かつ基本的なものは,親権,扶養,相続という関係であるが,現行法制の下においては,認知請求を認めたとしても,死亡した父と死後懐胎子との間には,法廷意見のとおり,親権,扶養,相続といった法律上の父と子の間に生ずる基本的な法律関係が生ずる余地はなく,父の親族との関係で親族関係が生じ,その結果これらの者との間に扶養の権利義務が発生することがあり得るにすぎず,認知を認めることによる子の利益はそれほど大きなものではなく,現行法制とのかい離が著しい法律関係になることを容認してまで父子関係を形成する必要は乏しいといわざるを得ない。
もっとも,親権や扶養の関係は,自然懐胎の場合の死後認知においても死亡した父との間にそのような関係を生ずる余地がない点では同様であるが,それは,懐胎の時点においては親権や扶養の関係が生ずることが予定されていたところ,その後父が死亡したという偶然の事態の発生によるものであって,懐胎の当初からそのような関係が生ずる余地がないという死後懐胎の場合とは趣を異にするものである。
たしかに,死後懐胎子には,その出生について何らの責任はなく,自然懐胎子と同様に個人として尊重されるべき権利を有していることは疑いがなく,法の不備を理由として不利益を与えることがあってはならないことはいうまでもないのであって,この点をいう被上告人やその法定代理人の心情は理解できるところである。
しかしながら,このような子の認知請求を認めることによる子の利益は,上記のようにそれほど大きなものではない一方,これを認めることは,いまだ十分な社会的合意のないまま実施された死後懐胎による出生という既成事実を法的に追認することになるという大きな問題を生じさせることになって,相当ではないといわなければならない。
この問題の抜本的な解決のためには,医療法制,親子法制の面から多角的な観点にわたる検討に基づく法整備が必要である。
すなわち,精子提供者の死亡後に冷凍保存精子を用いた授精を行うことが医療法制上是認されるのか,是認されるとすればどのような条件が満たされる必要があるのかという根源的な問題についての検討が加えられた上,親子法制の面では,医療法制面の検討を前提とした上,どのような要件の下に父子関係を認めるのか,認めるとすればこの父子関係にどのような効果を与えるのが相当であるかについて十分な検討が行われ,これを踏まえた法整備がされることが必要である。
子の福祉も,このような法の整備が行われて初めて実現されるというべきである。
そして,生殖補助医療の技術の進歩の速度が著しいことにかんがみると,早期の法制度の整備が望まれるのである。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野 修 裁判官今井 功)

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