法律学研究支援室

事件番号 平成16(受)672
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成18年06月16日
法廷名 最高裁判所第二小法廷
裁判種別 判決
結果 その他
判例集巻・号・頁
原審裁判所名 札幌高等裁判所??
原審事件番号 平成12(ネ)196
原審裁判年月日 平成16年01月16日
判示事項
裁判要旨 1 B型肝炎ウイルスに感染した患者が乳幼児期に受けた集団予防接種等とウイルス感染との間の因果関係を肯定するのが相当とされた事例
2 乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染しB型肝炎を発症したことによる損害につきB型肝炎を発症した時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となるとされた事例
参照法条
全文

主文

1 原判決のうち平成16年(受)第672号上告人らに関する部分を次のとおり変更する。
第1審判決のうち上記部分を次のとおり変更する。
(1) 平成16年(受)第672号被上告人は,平成16年(受)第672号上告人らに対し,各550万円及びうち500万円に対する平成元年7月12日から,うち50万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 平成16年(受)第672号上告人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 平成16年(受)第673号上告人の上告を棄却する。
3 第1項に関する訴訟の総費用は,これを2分し,その1を平成16年(受)第672号上告人らの負担とし,その余を平成16年(受)第672号被上告人の負担とし,前項に関する上告費用は,平成16年(受)第673号上告人の負担とする。

理由

第1 事案の概要1 原審が適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 当事者ア 平成16年(受)第673号被上告人(第1審原告)X (以下「原告X 」33という。
)は,昭和39年▲月▲日生まれであり,昭和61年10月ころ,B型肝炎と診断され,その後,入通院を経て,現在,小葉改築傾向のある慢性B型肝炎の患者として経過観察中である。
原告X は,原判決別紙〔a〕1(ただし,番号10,11を除く。
)のとお3り,昭和39年12月〜昭和46年2月,集団ツベルクリン反応検査及び集団予防接種(以下,これらを併せて「集団予防接種等」という。
)を受けた。
原告X の弟は,B型肝炎ウイルスの持続感染者(キャリア)であるが,父母は3持続感染者ではない。
ただし,父母は,いずれも過去にB型肝炎ウイルスに感染したことがある。
イ 平成16年(受)第672号上告人(第1審原告)X (以下「原告X 」と11いう。
)は,昭和26年▲月▲日生まれであり,昭和59年8月ころ,B型肝炎と診断され,その後,入通院を経て,現在,慢性B型肝炎の患者として経過観察中である(内視鏡的には斑紋肝,組織学的には小葉改築を伴う肝炎との診断を受けている。
)。
原告X は,原判決別紙〔a〕2のとおり,昭和26年9月〜昭和33年3月,1集団予防接種等を受けた。
原告X の父母,妻子は,B型肝炎ウイルスの持続感染者ではない。
ただし,1父,妻,子は,いずれも過去にB型肝炎ウイルスに感染したことがある。
ウ 平成16年(受)第672号上告人(第1審原告)X (以下「原告X 」と22いう。
)は,昭和36年▲月▲日生まれであり,昭和61年10月,B型肝炎と診断され,その後,入通院を経て,現在,小葉改築のない慢性B型肝炎の患者として経過観察中である。
原告X は,原判決別紙〔a〕3のとおり,昭和37年1月〜昭和42年102月,集団予防接種等を受けた。
原告X の父母は,B型肝炎ウイルスの持続感染者ではない。
ただし,父,妹,2弟は,いずれも過去にB型肝炎ウイルスに感染したことがある。
エ 第1審原告X (以下「原告X 」という。
)は,昭和39年▲月▲日生まれ44であり,昭和57年ころ,献血の際にHBs抗原陽性であると指摘され,昭和60年3月,北海道勤労者医療協会の職員採用時の検査において肝機能障害の指摘を受け,その後,入通院を経て,小葉改築のない慢性B型肝炎の患者として経過観察中であったが,平成2年ころ,セロコンバージョン(HBe抗原陽性からHBe抗体陽性への変換)が起きていることが確認された。
原告X は,原判決別紙〔a〕4(ただし,番号7を除く。
)のとおり,昭和440年2月〜昭和45年2月,集団予防接種等を受けた。
原告X の父母は,B型肝炎ウイルスの持続感染者ではない。
ただし,父,母,4弟は,いずれも過去にB型肝炎ウイルスに感染したことがある。
なお,原告X は,本件訴訟が原審に係属中の平成14年▲月▲日に死亡し,そ4の妻子である平成16年(受)第673号被上告人X ,同X ,同X が,本件訴 567訟を承継した(以下においては,これらの訴訟承継人を含めて「原告X 」という 4こともある。
)。
オ 平成16年(受)第673号被上告人(第1審原告)X (以下「原告X 」88という。
)は,昭和58年▲月▲日生まれであり,昭和59年4月22日,B型肝炎ウイルスの持続感染者であることが判明した。
原告X は,原判決別紙〔a〕5のとおり,昭和58年8月25日に集団ツベル8クリン反応検査を受け,同月27日に集団BCG接種を受けた。
原告X の父,兄は,いずれも過去にB型肝炎ウイルスに感染していない。
母8は,昭和55年12月4日の検査ではHBs抗原陰性,昭和57年12月8日の検査ではHBs抗原,HBs抗体とも陰性であったが,昭和59年4月13日に急性肝炎と診断され,入院した。
入院時の検査によると,HBs抗原,HBe抗原がともに陽性であり,B型肝炎ウイルスによるものと判明したが,その後の経過は良好で,入院後間もなくHBs抗原が消失し,同年5月8日,退院した。
(2) B型肝炎ア B型肝炎は,B型肝炎ウイルスに感染することによって発症する肝炎(ウイルスを排除しようとする免疫反応により,自らの肝細胞を破壊し,肝臓に炎症を起こした状態)であり,慢性化して長期化すると,肝硬変,肝がんを発症させることがある。
B型肝炎については,これまでに感染予防ワクチンが開発されて実用化され,治療法としてインターフェロン療法,ステロイド離脱療法が限定された範囲での有効性を認められ,新薬であるラミブジンの効果が期待されているものの,決定的な効果を有する治療法はいまだ開発されていない。
なお,肝炎ウイルスについては,昭和45年に検査方法が確立され,また,B型肝炎ウイルスは,昭和48年に発見された。
イ B型肝炎ウイルスは,血液を介して人から人へ感染する。
ただし,皮膚接触による感染,経口感染,精液等の体液による感染についても,体液に血液が混じっていることがあり得ることや,B型肝炎ウイルスの感染力の強さなどから,その可能性は否定されない。
一般的予防法としては,血液付着の回避,医療器具等血液付着のおそれのある器具の消毒又は廃棄がある。
B型肝炎ウイルスに汚染された医療器具等の消毒方法としては,器具等の使用後速やかに当該器具等に付着している血清たんぱくを十分に洗い流し,その後に滅菌消毒することであり,最も信頼性の高い消毒方法は加熱滅菌であり,オートクレーブ(高圧蒸気滅菌器)消毒(水蒸気のある状態で圧力を高くし,121℃の熱で20分),煮沸消毒(15分以上),乾熱滅菌が有効である。
以上の加熱滅菌が不可能な場合には薬物消毒の方法を用いる。
その際,塩素系の次亜塩素酸ナトリウム(有効塩素濃度1000ppm,1時間)が多用され,金属材料に対しては,2%のグルタールアルデヒド液,エチレンオキサイドガス,ホルムアルデヒドガス等が用いられる。
上記以外の消毒剤については有効性が明らかでなく,日常広く使用されている消毒用アルコール,クレゾール等は消毒効果がない。
ウ B型肝炎ウイルスには,HBs抗原,HBc抗原,HBe抗原の3種類の抗原と,これに対応するHBs抗体,HBc抗体,HBe抗体の3種類の抗体があり,これらにDNAポリメラーゼ等を加えて,B型肝炎ウイルスマーカーと呼ぶ。
B型肝炎ウイルスマーカーの持つ意味は,次のとおりである。
@ HBs抗原陽性 B型肝炎ウイルスが肝臓に住み着いてB型肝炎ウイルスに感染している状態にあることを示す。
A HBs抗体陽性 かつてB型肝炎ウイルスに感染したことがあり,現在治癒していることを示す。
B HBc抗体陽性 高値であれば,B型肝炎ウイルスが肝臓に住み着き,B型肝炎ウイルスに感染している状態にあることを示し,低値であれば,かつてB型肝炎ウイルスに感染したことがあることを示す。
C HBe抗原陽性 血中のB型肝炎ウイルス量が多く,感染力の高い状態にあることを示す(HBe抗原陽性状態におけるB型肝炎ウイルスの感染力は,血清1ccを1億倍に希釈した後の溶液1ccを注射することによっても感染を起こすことがチンパンジーによる実験で確認された。
なお,C型肝炎ウイルスは,1000〜1万倍希釈までしか感染力を有しない。
)。
D HBe抗体陽性 血中のB型肝炎ウイルスが少なくなり,感染力も低くなった状態を示す。
E DNAポリメラーゼ 陽性であれば,B型肝炎ウイルスが盛んに増殖している状態を示し,HBe抗体陽性の場合でも,ウイルスに感染力があることを意味し,陰性であれば,B型肝炎ウイルスが増殖していない状態にあることを示す。
エ 免疫不全等に陥っていない成人が初めてB型肝炎ウイルスに感染した場合で,B型肝炎ウイルスの侵入が軽微な場合には,身体に変調を来さない不顕性のまま抗体(HBs抗体)が形成されて免疫が成立し,以後再び感染することはなくなるが,B型肝炎ウイルスの侵入が強度な場合には,黄だん等の症状を伴う顕性の急性肝炎又は劇症肝炎となる。
顕性の肝炎が治癒した場合には,上記抗体が形成されて免疫が成立し,以後再び感染することはなくなる。
なお,成人がB型肝炎ウイルスに感染してから顕性の肝炎を発症するまでの期間は1〜6か月である。
乳幼児は,生体の防御機能が未完成であるため,B型肝炎ウイルスに感染してウイルスが肝細胞に侵入しても免疫機能が働かないため,ウイルスが肝臓にとどまったまま感染状態が持続することがあり,持続感染者となる。
持続感染者となった場合でも,その後の経過の中でセロコンバージョンが起きれば,以後,肝炎を発症することはほとんどなくなる。
しかし,セロコンバージョンが起きないまま成人期(20〜30代)に入ると,B型肝炎ウイルスと免疫機能との共存状態が崩れて肝炎を発症することがあり,肝炎が持続すると慢性B型肝炎となり,肝細胞の破壊と再生が長期間継続され,肝硬変又は肝がんへと進行することがある。
そして,持続感染者に最もなりやすいのは2,3歳ころまで(最年長で6歳ころまで)で,それ以後は,感染しても一過性の経過をたどることが多い。
オ 現在の我が国におけるB型肝炎ウイルスの持続感染者は,推定で約120万〜140万人であるが,感染者の年齢層によって感染者比率に差異があり,40歳代以上の感染者比率は1〜2%,30歳代以下の感染者比率は1%未満である。
なお,昭和61年からHBe抗原陽性の母親から生まれた子を対象として,公費でワクチン等を使用した母子間感染阻止事業(母子感染の主要な経路は出生時の経胎盤と考えられることから,出生後に新生児に感染防止措置を施すこととしたもの)が開始された結果,昭和61年生まれ以降の世代における新たな持続感染者の発生はほとんどみられなくなった。
(3) B型肝炎に関する知見B型肝炎ウイルスの発見は,1973年(昭和48年)のことであるが,同一の注射器(針,筒)を連続して使用することなどにより,非経口的に人の血清が人体内に入り込むと肝炎が引き起こされることがあること,それが人の血清内に存在するウイルスによるものであることは,我が国の内外において,1930年代後半から1940年代前半にかけて広く知られるようになっていた。
そして,欧米諸国においては,遅くとも,1948年(昭和23年)には,血清肝炎が人間の血液内に存在するウイルスにより感染する病気であること,感染しても黄だんを発症しない持続感染者が存在すること,注射をする際,注射針のみならず注射筒を連続使用する場合にもウイルスが感染する危険があることについて,医学的知見が確立していた。
また,我が国においても,遅くとも昭和26年当時には,血清肝炎が人間の血液内に存在するウイルスにより感染する病気であり,黄だんを発症しない保菌者が存在すること,そして,注射の際に,注射針のみならず注射筒を連続使用した場合にもウイルス感染が生ずる危険性があることについて医学的知見が形成されていた。
(4) 我が国における予防接種の経緯我が国では,予防接種法(昭和23年7月1日施行),結核予防法(昭和26年4月1日施行)等に基づき,集団予防接種等が実施されてきた。
平成16年(受)第672号被上告人・同年(受)第673号上告人(第1審被告)国(以下「被告」という。
)は,昭和23年厚生省告示第95号において,注射針の消毒は必ず被接種者1人ごとに行わなければならないことを定め,昭和25年厚生省告示第39号において,1人ごとの注射針の取替えを定めたが,我が国において上記医学的知見が形成された昭和26年以降も,集団予防接種等の実施機関に対して,注射器(針,筒)の1人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を指導せず,注射器の連続使用の実態を放置していた。
そして,原告らが集団予防接種等を受けた北海道内では,昭和44,45年ころ以降においては,集団BCG接種については管針法(接種部位の皮膚を緊張させ,懸濁液を塗った後,9本針植付けの管針を接種皮膚面に対してほぼ垂直に保ち,これを強く圧して行うもの)による1人1管針の方法が大勢を占めていたが,集団ツベルクリン反応検査については,注射針,注射筒とも連続使用され,その他の集団予防接種については,注射針は1人ごとに取り替えられたものの,注射筒,種痘針等は連続使用され,そのころ以前にされた集団予防接種等については,注射針,注射筒,種痘における種痘針,乱刺針とも,1人ごとに取り替えられずに連続使用された。
また,原告X が集団予防接種等を受けた際においては,集団BCG接種で8は1人ごとに管針が取り替えられたが,集団ツベルクリン反応検査では注射針が1人ごとに取り替えられたものの,同検査における注射筒については連続使用された。
2 本件は,B型肝炎ウイルスに感染した原告らが,被告に対し,上記1(1)の各集団予防接種等(ただし,原告X に対するBCG接種を除く。
いずれも各原告8が6歳までに接種等を受けたものであり,以下,これらを併せて「本件集団予防接種等」という。
)によってB型肝炎ウイルスに感染し,さらに,原告X を除く原8告ら(以下,この4名を「X を除く原告ら」という。
)は,B型肝炎を発症して 8肉体的・精神的・社会的・経済的損害を被ったなどと主張し,国家賠償法1条1項に基づき,各1150万円及びこれに対する平成元年7月12日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
3 原審は,前記事実関係の下,次のとおり判断して,原告X ,同X 及び同X34の各請求を各550万円及びうち500万円に対する平成元年7月12日から, 8うち50万円に対する判決確定の日の翌日からそれぞれ年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却し,原告X 及び同X の各請求を12全部棄却すべきものとした。
(1) 本件においては,原告らのB型肝炎ウイルス感染の原因が本件集団予防接種等であると認め得る直接証拠は見当たらず,また,疫学的な因果の連鎖を的確に示す客観的な事実を認め得る間接証拠も見当たらない。
しかし,@ X を除く原8告らがB型肝炎ウイルスに感染したのは,それぞれが本件集団予防接種等を受けた時期に対応する乳児期から小児期(6歳ころ)までであり,本件集団予防接種等とB型肝炎ウイルスの感染との間には,いずれの集団予防接種等に対応するのか具体的に特定できないものの,大枠ではあるが,疫学的観点からの時間的関係において因果関係を認め得る事実関係にあること,また,原告X がB型肝炎ウイルスに感8染したのは,生後11か月の期間(昭和58年▲月▲日〜昭和59年4月22日)であり,同原告はこの間に集団ツベルクリン反応検査を受けていること,A 上記1(2)〜(4)に記載したようなB型肝炎ウイルスの感染の機序,これに関する知見及び本件集団予防接種等における注射針,注射筒等の使用方法によれば,本件集団予防接種等がいずれも通常人においてB型肝炎ウイルス感染の危険性を覚えることを客観的に排除し得ない状況で実施されたこと,B 原告らのB型肝炎ウイルス感染の原因として考えられる他の具体的な原因が見当たらないことに照らすと,本件集団予防接種等と原告らのB型肝炎ウイルス感染との間の因果関係を肯定するのが相当である。
(2) 我が国において,遅くとも昭和26年当時には,血清肝炎が人間の血液内に存在するウイルスにより感染する病気であり,黄だんを発症しない保菌者が存在すること,注射の際に,注射針のみならず注射筒を連続使用した場合にもウイルス感染が生じる危険性があることについて,医学的知見が形成されていたから,被告においては,遅くとも,原告X が最初に集団ツベルクリン反応検査を受けた昭和126年当時には,集団予防接種等の際,注射針,注射筒を連続して使用するならば,被接種者間に血清肝炎ウイルスが感染するおそれがあることを当然に予見できたと認めるのが相当である。
したがって,その当時,被告は,集団予防接種等において注射器の針を交換しない場合はもちろんのこと,針を交換しても肝炎ウイルスが感染する可能性があったことを認識し,又は認識することが十分に可能であり,本件集団予防接種等を実施するに当たっては,注射器(針,筒)の1人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を各実施機関に指導してB型肝炎ウイルス感染を未然に防止すべき義務があったにもかかわらず,これを怠った過失がある。
(3) 本件集団予防接種等は,被告の伝染病予防行政の重要な施策として,被告からの細部にまでわたる指導に基づいて,各自治体により実施されたことが明らかであり,本件集団予防接種等が強制接種であったか勧奨接種であったかにかかわらず,被告の伝染病予防行政上の公権力の行使に当たるから,被告は,本件集団予防接種等によって生じた損害について,国家賠償法1条1項に基づく賠償責任を負う。
(4) 原告らに対する慰謝料として各500万円を認めるのが相当であり,弁護士費用に係る損害として各50万円を認めるのが相当である。
なお,原告らの請求に係る弁護士費用については,本件請求における認容額を基準として将来において支払われるべきものとする合意がされているから,弁護士費用に係る損害に対し判決確定以前にさかのぼって遅延損害金を付すのは相当でない。
(5) 民法724条後段は,期間20年間の除斥期間を定めたものと解される。
X を除く原告らについては,B型肝炎ウイルスに感染した接種行為を特定するこ8とはできないところ,本件のようにいずれも乳幼児期に接種され,かつ,その最初から最後までのいずれについても感染の可能性が肯定され得る場合には,その最後の接種の時を除斥期間の始期とするのが相当である。
そして,原告X に対する最 3後の集団予防接種は昭和46年2月5日,同X に対するそれは昭和33年3月1 12日,同X に対するそれは昭和42年10月26日,同X に対するそれは昭和4 2 45年2月4日であるから,同X 及び同Xの損害賠償請求権については,本件訴え 34の提起時(平成元年6月30日)には除斥期間が経過していないが,同X 及び同 1X の損害賠償請求権については,除斥期間が経過していた。
2第2 平成16年(受)第673号上告代理人都築弘ほかの上告受理申立て理由第2及び第3について1 所論は,原告X ,同X 及び同X (以下,この3名を「原告X ら」とい34 8 3う。
)が本件集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染したものと認定した原審の判断について,経験則違反及び加害行為の特定を欠く法令違反がある旨をいうものである。
2 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものと解すべきである(最高裁昭和48年(オ)第517号同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。
前記事実関係によれば,@ B型肝炎ウイルスは,血液を介して人から人に感染するものであり,その感染力の強さに照らし,集団予防接種等の被接種者の中に感染者が存在した場合,注射器の連続使用によって感染する危険性があること,A原告X らは,最も持続感染者になりやすいとされる0〜3歳時を含む6歳までの3幼少期に本件集団予防接種等を受け,それらの集団予防接種等において注射器の連続使用がされたこと,B 原告X らは,その幼少期にB型肝炎ウイルスに感染し3て持続感染者となり,うち原告X 及び同X は,成人期に入ってB型肝炎を発症し 34たことが認められる。
また,前記事実関係によれば,原告X らの母親が原告X ら 33を出産した時点でHBe抗原陽性の持続感染者であったものとは認められないから,原告X らは,母子間の垂直感染(出産時にB型肝炎ウイルスの持続感染者で3ある母親の血液が子の体内に入ることによる感染。
以下において,「垂直感染」の語は,この意味で用いる。
)により感染したものではなく,それ以外の感染,すなわち,水平感染によるものと認められる。
さらに,前記事実関係によれば,昭和61年から母子間感染阻止事業が開始された結果,同年生まれ以降の世代における新たな持続感染者の発生がほとんどみられなくなったことが認められるところ,この事実は,それ以前において,母子間の垂直感染による持続感染者が相当数存在したことを示すものであり,原告X らが本件集団予防接種等を受けた時期に,集団予3防接種等の被接種者の中にこうした垂直感染による持続感染者が相当数紛れ込んでいたことを示すものということができる(現に,原審の確定するところによれば,原告X と同日に同一の保健所で集団ツベルクリン反応検査を受けた者を追跡調査8したところ,被接種者の中にその母が持続感染者である者が見付かっている。
)。
そして,昭和61年以降垂直感染を阻止することにより同年生まれ以降の世代における持続感染者の発生がほとんどみられなくなったということは,同年生まれ以降の世代については,母子間感染阻止事業の対象とされた垂直感染による持続感染者の発生がほとんどなくなったというだけでなく,母親が持続感染者でないのに感染した原告らのような水平感染による持続感染者の発生もほとんどなくなったということを意味し,少なくとも,幼少児については,垂直感染を阻止することにより同世代の幼少児の水平感染も防ぐことができたことを意味する。
前記のとおり,母子間感染阻止事業は,B型肝炎ウイルスの持続感染者である母親から出生した子に対し,出生時において感染防止措置を施すものであり,同事業の開始後も,そのような措置を施されなかった幼少児が多数存在するとともに,家庭内を含めて幼少児の生活圏内には相当数の持続感染者が存在していたと推認されることにかんがみれば,幼少児について,垂直感染を阻止することにより水平感染も防ぐことができたということは,一般に,幼少児については,集団予防接種等における注射器の連続使用によるもの以外は,家庭内感染を含む水平感染の可能性が極めて低かったことを示すものということもできる。
以上の事実に加え,本件において,原告X らに3ついて,本件集団予防接種等のほかには感染の原因となる可能性の高い具体的な事実の存在はうかがわれず,他の原因による感染の可能性は,一般的,抽象的なものにすぎないこと(原告Xらの家族の中には,過去にB型肝炎ウイルスに感染した3者が存在するけれども,家族から感染した可能性が高いことを示す具体的な事実の存在はうかがわれない。
)などを総合すると,原告X らは,本件集団予防接種等3における注射器の連続使用によってB型肝炎ウイルスに感染した蓋然性が高いというべきであり,経験則上,本件集団予防接種等と原告X らの感染との間の因果関3係を肯定するのが相当である。
これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。
なお,原告X 及び同X は,複数の集団予防接種等を受けているとこ34ろ,原審は,そのいずれによってB型肝炎ウイルスに感染したのかを特定していないが,前記第1の3のとおり,その集団予防接種等のいずれについても,被告が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在することを認めているのであるから,被告が賠償責任を負う理由として欠けるところはない。
論旨はいずれも採用することができない。
第3 平成16年(受)第672号上告代理人佐藤太勝ほかの上告受理申立て理由について1 所論は,原告X 及び同X についても,除斥期間は経過していない旨をいう12ものである。
2 民法724条後段所定の除斥期間の起算点は,「不法行為の時」と規定されており,加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には,加害行為の時がその起算点となると考えられる。
しかし,身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成13年(オ)第1194号,第1196号,同年(受)第1172号,第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)。
上記見解に立って本件をみると,前記事実関係によれば,@ 乳幼児期にB型肝炎ウイルスに感染し,持続感染者となった場合,セロコンバージョンが起きることなく成人期(20〜30代)に入ると,肝炎を発症することがあること,A 原告X は,昭和26年5月生まれで,同年9月〜昭和33年3月に受けた集団予防接1種等によってB型肝炎ウイルスに感染し,昭和59年8月ころ,B型肝炎と診断されたこと,B 原告X は,昭和36年7月生まれで,昭和37年1月〜昭和42 2年10月に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染し,昭和61年10月,B型肝炎と診断されたことが認められる。
そうすると,B型肝炎を発症したことによる損害は,その損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に発生するものと認められるから,除斥期間の起算点は,加害行為(本件集団予防接種等)の時ではなく,損害の発生(B型肝炎の発症)の時というべきである。
したがって,原告X につき昭和33年3月から,同X につき昭和42年10月12から除斥期間を計算し,本件訴えの提起時(平成元年6月30日)には除斥期間の経過によって同原告らの損害賠償請求権が消滅していたとした原審の判断には,民法724条後段の解釈適用を誤った違法がある。
そして,前記事実関係によれば,原告X がB型肝炎を発症したのは昭和59年8月ころであり,同X が発症したの1 2は昭和61年10月ころであるとみるべきであるから,本件訴えの提起時には,いずれも除斥期間が経過していなかったことが明らかである。
以上によれば,原告X 及び同X の各請求を全部棄却すべきものとした原審の判12断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨は理由があり,原判決のうち原告X 及び同X に関する部分は,破棄を免れない。
123 そこで,更に検討するに,原審は,前記第1の3のとおり,原告X につい 1ても,同X についても,本件集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染し 2たものと認定し,被告がこれにつき法律上賠償の責任を負うべき関係が存在することを認めた上,上記原告らの損害を各550万円と算定しているのであるから,同原告らの請求を各550万円及びうち500万円に対する平成元年7月12日から,うち50万円に対する本判決確定の日の翌日からそれぞれ遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却すべきである。
第4 平成16年(受)第673号上告代理人都築弘ほかの上告受理申立て理由第4について1 所論は,原告X 及び同X について,除斥期間が経過している旨をいうもの34である。
2 しかしながら,前記事実関係によれば,原告X がB型肝炎を発症したのは3昭和61年10月ころであり,同X が発症したのは昭和60年3月ころであると 4みるべきであるから,本件訴えの提起時には,いずれも除斥期間が経過していなかったことが明らかである。
これと結論において同旨の原判決は正当として是認することができる。
論旨は採用することができない。
第5 結論以上によれば,原告X 及び同X の上告に基づき,原判決及び第1審判決のうち12同原告らに関する部分を変更し,同原告らの請求をいずれも550万円とその遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却し,被告の上告は,これを棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野 修 裁判官 今井功 裁判官 古田佑紀)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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