法律学研究支援室

判例 H16.11.18 第一小法廷・判決 平成16(受)482 損害賠償請求事件(第58巻8号2225頁)

判示事項:
  分譲住宅の譲渡契約の譲受人が同契約を締結するか否かの意思決定をするに当たり価格の適否を検討する上で重要な事実につき譲渡人において説明をしなかったことが慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価すべきものとされた事例

要旨
  甲らは,乙(住宅,都市整備公団)との間で,その設営に係る団地内の住宅につき賃貸借契約を締結していたところ,乙による団地の建て替え事業の実施に当たって,上記賃貸借契約を合意解約し,上記住宅を明け渡すなどした上,建て替え後の団地内の分譲住宅につき譲渡契約を締結したこと,上記建て替え事業の実施に当たり甲らと乙が交わした覚書には,乙において甲らに対し分譲住宅をあっせんした後未分譲住宅の一般公募を直ちにすること及び一般公募における譲渡価格と甲らに対する譲渡価格が少なくとも同等であることを意味する条項があり,甲らは,上記譲渡契約締結の時点において,上記条項の意味するとおりの認識を有していたこと,乙は,上記時点において,甲らに対する譲渡価格が高額に過ぎることなどから,上記一般公募を直ちにする意思を有しておらず,かつ,甲らにおいて上記認識を有していたことを少なくとも容易に知り得たにもかかわらず,甲らに対し,上記一般公募を直ちにする意思がないことを説明しなかったこと,これにより甲らは乙の設定に係る分譲住宅の価格の適否について十分に検討した上で上記譲渡契約を締結するか否かの意思決定をする機会を奪われたことなど判示の事情の下においては,乙が甲らに対し上記一般公募を直ちにする意思がないことを説明しなかったことは,慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価すべきである。

参照・法条:民法709条,民法710条

内容
 件名  損害賠償請求事件 (最高裁判所 平成16(受)482 第一小法廷・判決 棄却)

 原審  H15.12.18 東京高等裁判所 (平成15(ネ)1405)

主    文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人田口邦雄ほかの上告受理申立て理由2について

 1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

 (1) A(以下「A」という。)は,平成2年,その設営に係る千葉県柏市所在のa団地及び横浜市所在のb団地の建て替え事業に着手した。a団地の建て替えにより,建て替え後の建物のうち,1200戸が賃貸に供され,350戸が分譲されることが,また,b団地の建て替えにより,建て替え後の建物のうち,725戸が賃貸に供され,132戸が分譲されることがそれぞれ計画された。Aは,上記各団地内の住宅を賃借し居住するなどしていた被上告人らに対し,建て替え後の分譲住宅の購入を希望し,a団地については平成4年9月30日までに,b団地については同年3月31日までにそれぞれ住宅を明け渡すなどして建て替え事業に協力した者については,一般公募に先立つ優先購入の機会の確保,入居する住宅が完成するまでの仮住居の確保並びに移転費用相当額及び100万円の各支払を約し,被上告人らとの間で,覚書(以下「本件覚書」という。)を交わした。上記優先購入については,本件覚書中に,Aは,建て替え後の分譲住宅への入居が可能となった場合には,被上告人らに対し,公募に先立ち,優先して住宅をあっせんする旨の条項(以下「本件優先購入条項」という。)が規定されていた。本件優先購入条項は,被上告人らに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われること及び一般公募における譲渡価格と被上告人らに対する譲渡価格が少なくとも同等であることを前提とし,その上で抽選によることなく被上告人らが確実に住宅を確保することができることを約したものである。被上告人らは,上記各期限までに,Aとの間で従前の賃貸借契約を合意解約し,住宅の明渡しを行うなどして上記建て替え事業に協力した。

 (2) Aは,被上告人番号1から43までの被上告人らとの間で,平成7年10月31日,a団地の建て替え後の新団地であるc団地内の分譲住宅につき譲渡契約を締結し,また,被上告人番号44から58までの被上告人らとの間で,平成6年12月10日,b団地の建て替え後の新団地であるd団地内の分譲住宅につき譲渡契約(以下,上記c団地内の分譲住宅の譲渡契約と併せて「本件各譲渡契約」という。)を締結した。

 (3) ところで,Aは,一般的に,建て替え後の分譲住宅について,当該建て替え対象団地の賃貸住宅居住者に対して優先的にあっせんし,その後は他の建て替え団地の居住者に対してあっせんするものとする取扱いをしており,c団地については平成7年10月から平成8年5月ころまでの間,d団地については平成6年10月から平成7年11月ころまでの間,未分譲住宅(c団地につき83戸,d団地につき46戸)のあっせんを知らせる書面を作成し,これを他の建て替え団地の居住者に対して配布した。しかし,他の建て替え団地の居住者に対する上記あっせんによって未分譲住宅を購入した者はいなかった。Aは,それほどの期間を要することなく,上記あっせんによって未分譲住宅が完売する可能性のないことを知り得た。

 (4) 被上告人らは,本件各譲渡契約締結当時,本件覚書中の本件優先購入条項により,被上告人らに対するあっせん後,未分譲住宅の一般公募が直ちに行われ,その譲渡価格は少なくとも被上告人らに対する譲渡価格と同等であるものと認識していた。他方,Aは,本件各譲渡契約締結当時,被上告人らに対する譲渡価格が高額に過ぎ,その価格で一般公募を行っても購入希望者が現れないことを認識しており,被上告人ら及び他の建て替え団地の居住者に対するあっせん後直ちに未分譲住宅の一般公募をする意思を有していなかった。それにもかかわらず,Aは,被上告人らに対し,Aがこのような意思であったことにつき説明をしなかった。

 (5) Aは,平成10年7月25日に至って,c団地の未分譲住宅83戸及びd団地の未分譲住宅46戸について,値下げをした上で一般公募をした。平均値下げ率は,前者につき25.5%,後者につき29.1%,平均値下げ額は,前者につき854万8000円,後者につき1631万4000円であった。

 (6) Aは,B法の成立により,平成11年10月1日に解散し,その権利義務はBが承継した。また,Bは,C法の成立により,平成16年7月1日に解散し,その権利義務は上告人が承継した。

 2 本件は,被上告人らが,Aは,本件各譲渡契約を締結する際,被上告人らに対し,信義則上,被上告人らに対するあっせん後直ちに未分譲住宅の一般公募をする意思がないことを説明すべき義務があったにもかかわらず,これを怠ったことから,被上告人らにおいてAが設定した分譲住宅の価格の適否について十分に検討した上で本件各譲渡契約を締結するか否かを決定する機会を奪われたなどと主張して,上告人に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料等の支払を求める事案である。

 3 そこで検討すると,前記事実関係によれば,次のことが明らかである。(1) 被上告人らは,Aとの間で,その設営に係る団地内の住宅につき賃貸借契約を締結していたが,Aの建て替え事業に当たって,借家権を喪失させるなどしてこれに協力した。(2) Aと被上告人らとの間で交わされた本件覚書中の本件優先購入条項は,被上告人らに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われること及び一般公募における譲渡価格と被上告人らに対する譲渡価格が少なくとも同等であることを前提とし,その上で抽選によることなく被上告人らが確実に住宅を確保することができることを約したものである。(3) そのため,被上告人らは,本件優先購入条項により,本件各譲渡契約締結の時点において,被上告人らに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われ,価格の面でも被上告人らに示された譲渡価格は,その直後に行われる一般公募の際の譲渡価格と少なくとも同等であるものと認識していた。(4) ところが,Aは,本件各譲渡契約締結の時点において,被上告人らに対する譲渡価格が高額に過ぎ,仮にその価格で未分譲住宅につき一般公募を行っても買手がつかないことを認識しており,そのため被上告人ら及び他の建て替え団地の居住者に対するあっせん後直ちに未分譲住宅の一般公募をする意思を有していなかった。(5) それにもかかわらず,Aは,被上告人らに対し,被上告人らに対するあっせん後直ちに未分譲住宅の一般公募をする意思がないことを説明しなかった。

 【要旨】以上の諸点に照らすと,Aは,被上告人らが,本件優先購入条項により,本件各譲渡契約締結の時点において,被上告人らに対するあっせん後未分譲住宅の一般公募が直ちに行われると認識していたことを少なくとも容易に知ることができたにもかかわらず,被上告人らに対し,上記一般公募を直ちにする意思がないことを全く説明せず,これにより被上告人らがAの設定に係る分譲住宅の価格の適否について十分に検討した上で本件各譲渡契約を締結するか否かを決定する機会を奪ったものというべきであって,Aが当該説明をしなかったことは信義誠実の原則に著しく違反するものであるといわざるを得ない。そうすると,被上告人らがAとの間で本件各譲渡契約を締結するか否かの意思決定は財産的利益に関するものではあるが,Aの上記行為は慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価することが相当である。上記判断は,所論引用の判例(最高裁平成14年(受)第218号同15年12月9日第三小法廷判決・民集57巻11号1887頁)に抵触するものではない。

 4 以上と同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島田仁郎 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉 コ治 裁判官 才口千晴)

この判例に関する評釈

「最新判例演習室」 原田剛(成城大学助教授) 法学セミナー602号120頁
鎌野邦樹(千葉大学教授) 法学教室298号106頁(2005年)
久保宏之(関西大学教授) ジュリスト1291号平成16年度重要判例解説(2005年)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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