法律学研究支援室

判例 H16.11.12 第二小法廷・判決 平成16(受)230 損害賠償請求事件(第58巻8号2078頁)

判示事項:
1 階層的に構成されている暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間に同暴力団の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立しているとされた事例
2 階層的に構成されている暴力団の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為が民法715条1項にいう「事業ノ執行ニ付キ」した行為に当たるとされた事例

要旨:
1 階層的に構成されている暴力団が,その威力をその暴力団員に利用させることなどを実質上の目的とし,下部組織の構成員に対しても同暴力団の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたなど判示の事情の下では,同暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間に同暴力団の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立している。
2 階層的に構成されている暴力団の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為は,同暴力団が,その威力をその暴力団員に利用させることなどを実質上の目的とし,下部組織の構成員に対しても同暴力団の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認し,その資金獲得活動に伴い発生する対立抗争における暴力行為を賞揚していたなど判示の事情の下では,民法715条1項にいう「事業ノ執行ニ付キ」されたものに当たる。

(2につき補足意見がある。)

参照・法条:
 民法715条1項,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律2条,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律3条,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律15条の2

内容:

 件名  損害賠償請求事件 (最高裁判所 平成16(受)230 第二小法廷・判決 棄却)

 原審  H15.10.30 大阪高等裁判所 (平成14(ネ)3210、平成15(ネ)364)

主    文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人後藤貞人ほかの上告受理申立て理由(第4を除く。)について

 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 上告人は,神戸市に主たる事務所を置く指定暴力団A組(以下「A組」という。)の組長である。

 A組は,我が国最大の広域暴力団であり,平成7年2月15日現在,その勢力は,1道1都2府38県にまたがり,構成員総数は,約2万3000名に及んでいる。兵庫県公安委員会は,平成4年6月,暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律3条の規定に基づき,A組が,同条所定の指定要件,すなわち,@当該暴力団の暴力団員が当該暴力団の威力を利用して生計の維持,財産の形成又は事業の遂行のための資金を得ることができるようにするため,当該暴力団の威力をその暴力団員に利用させ,又は当該暴力団の威力をその暴力団員が利用することを容認することを実質上の目的としていること,A当該暴力団の幹部の人数又は全暴力団員の人数のうち犯罪経歴保有者の人数の比率が政令で定める比率を超えていること,B当該暴力団の代表者等の統制の下に階層的に構成されている団体であることを,いずれも充足するものと認め,その暴力団員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれが大きい暴力団として指定し,その後,3年ごとに,この指定暴力団の再指定をしている。

 (2) 暴力団は,その団体の構成員である暴力団員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体であり(同法2条2号),その共通した性格は,その団体の威力を利用して暴力団員に資金獲得活動を行わせて利益の獲得を追求するところにある。暴力団においては,強固な組織の結び付きを維持するため,組長と組員が「杯事(さかずきごと)」といわれる秘儀を通じて親子(若中),兄弟(舎弟)という家父長制を模した序列的擬制的血縁関係を結び,組員は,組長に対する全人格的包括的な服従統制下に置かれている。

 A組は,上告人が組長として直接杯を交わして親子,兄弟の擬制的血縁関係を結んだ組員(直参)から成る1次組織(総本部),1次組織の組員が組長(直系組長)として同様の擬制的血縁関係を結んだ組員から成る2次組織(直系団体),同様に2次組織の組員が組長となる3次組織,3次組織の組員が組長となる4次組織,4次組織の組員が組長となる5次組織から構成され,上告人を頂点とするピラミッド型の階層的組織を形成している。そして,A組の総本部は,その下部組織の構成員に対し,A組の名称,代紋を使用するなど,その威力を利用して資金獲得活動をすることを容認する一方,その末端組織の構成員に至るまでA組の総本部の指揮命令に従うべきものとしている。A組の総本部は,下部組織を含むA組の構成員全員の行動規範として「A組綱領」を定め,また,総本部における決定,指示等は,抗争に関する指示から構成員の生活に関する事項に至るまで事細かに行われ,「通達」,「告」等と題する文書により,A組の全国8ブロックのブロック長等を通じて,末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される体制が採られ,伝達された決定,指示等は,下部組織の構成員に対して強い拘束力と強制力を持ち,これに反した場合には,当該構成員は,指詰め等の制裁を受けることもある。なお,A組の総本部の意思決定は,形式上,執行部,最高幹部会又は定例会において行われているが,これらの構成員は,上告人の最終的な意思に反することはできず,結局,総本部の執行部等の意思決定は,上告人の意思と同視することができるものである。

 上告人は,A組の1次組織の組員から毎月上納金を受け取り,2次組織以下の下部組織の組長も,所属組員から毎月上納金を受け取っていた。

 (3) 暴力団にとって,縄張や威力,威信の維持は,その資金獲得活動に不可欠のものであるから,他の暴力団との間に緊張対立が生じたときには,縄張や威力,威信の維持回復のための組織的対応として暴力行為を伴った対立抗争が生ずることが不可避である。

 A組においては,下部組織を含むA組の構成員全体を対象とする慶弔規定を設け,他の暴力団との対立抗争に参加して服役した者のうち功績のあった者を表彰するなど,対立抗争における暴力行為を賞揚していた。

 (4) A組は,京都市に主たる事務所を置く指定暴力団B組(以下「B組」という。)との間で,京都における縄張の維持拡大をめぐり,度々対立抗争を繰り返していた。そして,平成7年6月には,B組の系列組事務所等,A組の系列組事務所等をねらった連続銃撃事件が発生し,京都府警察では,A組の下部組織とB組の下部組織との対立抗争に発展するのを警戒し,下鴨警察署に対策本部を設置して厳重な警備体制を敷いたが,その後も,京都市内等において発砲事件が発生していた。

 (5) A組の3次組織である暴力団C組(A組の直参組員Dが組長として組織する暴力団E組の組員Fが組長として組織する暴力団。以下「C組」という。)の組員であるG及びHらは,同年8月24日午後11時19分ころ,京都市内の繁華街である祇園で,いずれもB組系の暴力団組長であるI組組長J,K組組長L及びM組組長Nといさかいを起こし,その際,Hは,LらがC組を侮辱する発言をしたことに憤激し,所持していたけん銃をJに向けて発射し,その左腕に命中させ,続いてLに向けて発射したところ,これを制止しようとしたGの右腕に命中させた。同人らは,上記(4)の事件等のため警察が警戒中の京都市内の繁華街においてけん銃発砲という事態が発生したことから,直ちにいさかいをやめて逃走した。

 H及びGは,逃走途中,C組に対するB組の報復を恐れて,C組事務所に対し,祇園でB組のI組組長,K組組長らともめてGが負傷したことを連絡したが,Hの発砲により負傷したことは告げなかった。当日のC組事務所当番は,組長のFに連絡を取り,その指示を受けて,C組組員らに上記事実を連絡した。

 (6) C組組員であるOは,翌25日午前0時ころ,Gの配下の者から,GがB組の関係者ともめて負傷したと聞き,GがB組の関係者に負傷させられたものと誤信して憤慨し,C組ひいてはA組を見下したB組の構成員を殺害してC組及びA組への貢献をしようと考えた。そして,Oは,C組組員であるPの配下のQを呼び出し,けん銃を所持して同人運転の車でK組事務所及びI組事務所を探して回り,同日午前4時13分ころ,京都市××所在のI組事務所前において,上記(5)の発砲事件発生のため同事務所前で警戒配備の職務に就いていた京都府警察下鴨警察署巡査部長R(以下「R警察官」という。)をI組組員と誤認し,けん銃で弾丸3発を発射し,そのころ,その場で,R警察官を大動脈損傷,右外側上胸部盲管銃創による失血により死亡させた(以下,これを「本件殺害行為」という。)。

 (7) O及びQは,同日午後に開かれたA組総本部の緊急幹部会の決定を受けて,DらA組の直系組長らに付き添われて京都府警察下鴨警察署の捜査本部に出頭した。上記(6)の事件につき,Oは,銃砲刀剣類所持等取締法違反,殺人の罪で懲役18年の判決を,Qは,同幇助の罪で懲役7年の判決をそれぞれ受けた。

 なお,A組総本部とB組との間に,同月26日,上記(5),(6)の事件を含め,Dの破門を条件として和解が成立し,Dは,A組を破門され,E組を解散した。

 2 本件は,R警察官の妻子である被上告人らが,本件殺害行為について,Oの系列最上位の暴力団組長である上告人に対し,民法715条1項に基づき,損害賠償を求めるものである。

 3 前記事実関係等によれば,@A組は,その威力をその暴力団員に利用させ,又はその威力をその暴力団員が利用することを容認することを実質上の目的とし,下部組織の構成員に対しても,A組の名称,代紋を使用するなど,その威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたこと,A上告人は,A組の1次組織の構成員から,また,A組の2次組織以下の組長は,それぞれその所属組員から,毎月上納金を受け取り,上記資金獲得活動による収益が上告人に取り込まれる体制が採られていたこと,B上告人は,ピラミッド型の階層的組織を形成するA組の頂点に立ち,構成員を擬制的血縁関係に基づく服従統制下に置き,上告人の意向が末端組織の構成員に至るまで伝達徹底される体制が採られていたことが明らかである。【要旨1】以上の諸点に照らすと,上告人は,A組の下部組織の構成員を,その直接間接の指揮監督の下,A組の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業に従事させていたということができるから,上告人とA組の下部組織の構成員との間には,同事業につき,民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立していたと解するのが相当である。

 また,【要旨2】上記の諸点及び@暴力団にとって,縄張や威力,威信の維持は,その資金獲得活動に不可欠のものであるから,他の暴力団との間に緊張対立が生じたときには,これに対する組織的対応として暴力行為を伴った対立抗争が生ずることが不可避であること,AA組においては,下部組織を含むA組の構成員全体を対象とする慶弔規定を設け,他の暴力団との対立抗争に参加して服役した者のうち功績のあった者を表彰するなど,その資金獲得活動に伴い発生する対立抗争における暴力行為を賞揚していたことに照らすと,A組の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為は,A組の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業の執行と密接に関連する行為というべきであり,A組の下部組織の構成員がした殺傷行為について,上告人は,民法715条1項による使用者責任を負うものと解するのが相当である。

 そして,前記事実関係等に照らせば,Oの本件殺害行為は,A組の下部組織であるC組とB組系の暴力団との間に対立が生じた中で,A組の威力,威信を維持回復するための対立抗争行為として行われたものとみることができるから,上告人の事業の執行と密接に関連する行為として,上告人が使用者責任を負うものというべきである。これと同旨の原判決は正当であり,論旨は,採用することができない。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官北川弘治の補足意見がある。

 裁判官北川弘治の補足意見は,次のとおりである。

 私は,本件殺害行為はA組の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業の執行と密接に関連する行為というべきであるとする法廷意見に賛成するものであるが,事案にかんがみ,次のとおり意見を付加しておきたい。

 法廷意見の指摘するとおり,暴力団にとって,縄張や威力,威信の維持拡大がその資金獲得活動に不可欠のものであり,このため,同様の活動を行っている他の暴力団との対立抗争が必然的な現象とならざるを得ない。この対立抗争において,自己の組織の威力,威信を維持しなければ,組織の自壊を招きかねないことからすれば,対立抗争行為自体を暴力団組長の事業そのものとみることも可能である(原審のこの点の判断も,支持することができる。)。そして,A組において,上告人の意向が抗争の指示を含め末端組織の構成員にまで伝達徹底される体制が採られていたことなどに照らすと,下部組織の抗争についても,上告人が直接間接に指揮監督をすることができる地位にあったということができる。そうすると,本件殺害行為は,上告人の指揮監督の下,その事業の執行として行われたものということができるのであり,このような見方も十分可能である。

(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 福田 博 裁判官 梶谷 玄 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野 修)

この判例に関する評釈

民事判例研究 宮本幸裕 法律時報77巻6号
鈴木清貴(帝塚山大学専任講師) 法学教室297号114頁(2005年)
浦川道太郎(早稲田大学教授) ジュリスト1291号平成16年度重要判例解説(2005年)
原田剛 法学セミナー604号144頁

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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