法律学研究支援室

判例 平成17年03月10日 第一小法廷判決 平成14年(受)第1954号 賃料請求本訴,同反訴事件

要旨:
 賃借人の要望に沿って建築され他の用途に転用することが困難である建物について3年ごとに賃料を増額する旨の特約を付した賃貸借契約が締結された場合において賃借人のした賃料減額請求の当否を判断するために考慮すべき事情

内容:  件名 賃料請求本訴,同反訴事件 (最高裁判所 平成14年(受)第1954号 平成17年03月10日 第一小法廷判決 破棄差戻し)

 原審 東京高等裁判所 (平成14年(ネ)第578号)

主    文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理    由

 上告代理人石川良雄の上告受理申立て理由第4について

 1 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 上告人は,食料品類,衣料,日用品雑貨の販売等を目的とする会社であり,被上告人は,土木建築請負業を目的とする会社である。

 (2) 被上告人と上告人とは,平成4年2月ころから,被上告人が,その所有する第1審判決別紙物件目録記載1,2の土地(以下「本件土地」という。)を敷地として,上告人の要望に沿った建物を建築し,上告人がこれを長期間にわたって賃借することを計画し,交渉を進めてきた。上告人は,被上告人に対し,平成5年11月1日及び平成6年2月28日,各8000万円を,建築協力金の名目で無利息で預託した。被上告人は,上告人から建物の位置,規模,構造等のすべてにわたり詳細な指示,要望を受け,上告人との協議を重ねて建物を建築し,同年7月19日,上記物件目録記載3の建物(以下「本件建物」という。)が完成した。本件建物は,大型スーパーストアの店舗として使用する目的の建物であり,これを他の用途に転用することは困難である。

 (3) 被上告人は,上告人に対し,平成6年7月26日,次の約定で,本件建物及びこれに付属する駐車場を賃貸した(以下,この契約を「本件賃貸借契約」という。)。

 ア 賃貸期間は,同月29日から平成26年7月28日までとする。

イ 賃料(消費税相当額を除いた月額。以下同じ。)は,649万7800円とし,これに別途計算した消費税相当額を合算して,毎月末日限り翌月分を支払う。

 ウ 賃料は3年ごとに改定するものとし,初回改定時は前項記載の賃料の7%を増額する。その後3年ごとの賃料改定時は最低5%以上を増額するものとし,7%以上をめどに本件土地に対する公租公課,経済情勢の変動等を考慮し,双方協議の上定める(以下,この特約を「本件特約」という。)。

 エ 上告人は被上告人に対し敷金2000万円を差し入れる。 

 (4) 上告人の平成9年8月分から平成13年3月分までの賃料等の支払状況は,第1審判決入金等一覧表の入金日欄及び入金額欄記載のとおりである。

 (5) 上告人は,被上告人に対し,平成9年8月20日付け書面をもって,本件賃貸借契約に基づく賃料を649万7800円に据え置くべき旨を申し入れることにより,賃料減額の意思表示をした。

 (6) 上告人は,被上告人に対し,平成12年10月26日,本件賃貸借契約に基づく賃料を555万5343円に減額すべき旨の意思表示をした。

 2 被上告人の本訴請求は,被上告人が,上告人に対し,本件特約に従い賃料の増額改定がされたと主張して,平成9年8月分から平成13年3月分までの未払賃料及び遅延損害金の支払を求めるものである。

 上告人の反訴請求は,上告人が,被上告人に対し,借地借家法32条1項の規定に基づく上告人の賃料減額請求権の行使により賃料が減額されたこと等を主張して,賃料額の確認を求めるとともに,不当利得返還請求として,過払金の返還等を求めるものである。

 3 原審は,次のとおり判断して,本訴請求を認容し,反訴請求を棄却した。

 本件建物は上告人の注文に従って建築された大型スーパーストア用の建物であり転用の困難性を伴うこと,本件賃貸借契約は,このような本件建物を上告人のスーパーストア経営事業のための利用に供し,これにより上告人が事業による収益を得るとともに,被上告人も将来にわたり安定した賃料収入を得るという共同事業の一環として締結されたものというべきであることなどを併せ考察すると,本件賃貸借契約は借地借家法が想定している賃貸借契約の形態とは大きく趣を異にする。このような賃貸借契約において賃借人から賃料減額請求がされた場合に,一般的な賃料相場や不動産価格の下落をそのまま取り入れ,これに連動して賃料減額を認めるのは著しく合理性を欠くことになり相当ではない。借地借家法に基づく賃料減額請求権の行使が認められるかどうかについては,上記のような契約の特殊性を踏まえた上で,当該賃料の額について賃借人の経営状態に照らして当初の合意を維持することが著しく合理性を欠く状態となり,合意賃料を維持することが当該賃貸借契約の趣旨,目的に照らして公平を失し,信義に反するというような特段の事情があるかどうかによって判断するのが相当である。これを本件についてみると,本件土地の公租公課は平成6年度と比較して平成9年度,平成12年度のいずれにおいても上昇していること,他方,上告人の経営状況の悪化をうかがわせるに足りる資料はなく,かえって,上告人は平成6年度から平成12年度にかけて順調に業績を伸ばしていること等が認められるのであり,本件賃貸借契約において賃料を減額すべき事由を見いだすことは困難である。

 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 借地借家法32条1項の規定は,強行法規であり,賃料自動改定特約等の特約によってその適用を排除することはできないものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁,最高裁平成14年(受)第689号同15年6月12日第一小法廷判決・民集57巻6号595頁,最高裁平成12年(受)第573号,第574号同15年10月21日第三小法廷判決・民集57巻9号1213頁,最高裁平成14年(受)第852号同15年10月23日第一小法廷判決・裁判集民事211号253頁参照)。そして,同項の規定に基づく賃料減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,同項所定の諸事情(租税等の負担の増減,土地建物価格の変動その他の経済事情の変動,近傍同種の建物の賃料相場)のほか,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきである(最高裁昭和43年(オ)第439号同44年9月25日第一小法廷判決・裁判集民事96号625頁,上記平成15年10月21日第三小法廷判決,上記平成15年10月23日第一小法廷判決参照)。

 前記事実関係によれば,本件建物は,上告人の要望に沿って建築され,これを大型スーパーストアの店舗以外の用途に転用することが困難であるというのであって,本件賃貸借契約においては,被上告人が将来にわたり安定した賃料収入を得ること等を目的として本件特約が付され,このような事情も考慮されて賃料額が定められたものであることがうかがわれる。しかしながら,本件賃貸借契約が締結された経緯や賃料額が決定された経緯が上記のようなものであったとしても,本件賃貸借契約の基本的な内容は,被上告人が上告人に対して本件建物を使用収益させ,上告人が被上告人に対してその対価として賃料を支払うというもので,通常の建物賃貸借契約と異なるものではない。したがって,本件賃貸借契約について賃料減額請求の当否を判断するに当たっては,前記のとおり諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,賃借人の経営状態など特定の要素を基にした上で,当初の合意賃料を維持することが公平を失し信義に反するというような特段の事情があるか否かをみるなどの独自の基準を設けて,これを判断することは許されないものというべきである。

 原審は,上記特段の事情の有無で賃料減額請求の当否を判断すべきものとし,専ら公租公課の上昇及び上告人の経営状態のみを参酌し,土地建物の価格等の変動,近傍同種の建物の賃料相場等賃料減額請求の当否の判断に際して総合考慮すべき他の重要な事情を参酌しないまま,上記特段の事情が認められないとして賃料減額請求権の行使を否定したものであって,その判断は借地借家法32条1項の解釈適用を誤ったものというべきである。

 5 以上によれば,原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,上告人の賃料減額請求の当否,相当賃料額等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉 コ治 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴)

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