判例 平成15年12月11日 第一小法廷判決 平成12年(受)第485号 保険金請求事件
要旨: 生命保険契約の保険約款が被保険者の死亡の日の翌日を死亡保険金請求権の消滅時効の起算点とする旨を定めている場合であっても,上記消滅時効は,被保険者の遺体が発見されるまでの間は進行しないとされた事例
内容: 件名 保険金請求事件 (最高裁判所 平成12年(受)第485号 平成15年12月11日 第一小法廷判決 棄却)
原審 東京高等裁判所 (平成11年(ネ)第3559号)
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人山近道宣,同矢作健太郎,同熊谷光喜,同内田智,同和田一雄,同中尾正浩の上告受理申立て理由第1点及び第2点について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) Aは,上告人との間で,Aを被保険者,その妻である被上告人を保険金受取人とする下記の各生命保険契約(以下「本件各保険契約」という。)を締結した。
記
ア 契約日 平成2年5月1日
保険の種類 定期保険特約付・終身保険
保険金額 終身保険の死亡保険金 500万円
定期保険特約の死亡保険金 1500万円
傷害特約の災害死亡保険金 100万円
イ 契約日 平成3年11月21日
保険の種類 定期保険特約付・終身保険
保険金額 終身保険の死亡保険金 200万円
定期保険特約の死亡保険金 2800万円
傷害特約の災害死亡保険金 500万円
(2) 本件各保険契約に係る保険約款(以下「本件約款」という。)には,保険金請求権の時効による消滅について,保険金を請求する権利は,支払事由が生じた日の翌日からその日を含めて3年間請求がない場合には消滅する旨の定め(以下「本件時効消滅条項」という。)がある。また,本件約款には,上記終身保険及び定期保険特約の支払事由は,いずれも「被保険者が死亡したとき」と定められており,上記傷害特約の災害死亡保険金の支払事由は,「不慮の事故による傷害を直接の原因として,その事故の日から起算して180日以内に被保険者が死亡したとき」と定められている。
(3) Aは,平成4年5月17日,自動車を運転して自宅を出たまま帰宅せず,行方不明となった。被上告人は,同月19日,地元の警察署に捜索願を提出したものの,その行方,消息については,何の手掛かりもなく,その生死も不明のまま,時が経過した。
(4) Aが行方不明となってから3年以上が経過した平成8年1月7日,静岡県裾野市の芦ノ湖スカイライン杓子峠展望台広場から自動車が転落する事故が発生したが,その搭乗者の救出作業中に,上記展望台広場から直線距離で約120m下方の雑木林の中で,Aが運転していた自動車が発見され,その場所から上方約3mの位置にある窪み付近でAの白骨化した遺体が発見された。現場の状況,その遺体の状態等から,Aは,運転していた自動車が道路から転落したことにより負傷し,その傷害を原因として,平成4年5月ころに死亡したものと推認される。
(5) Aが行方不明になる前のAの経済状態は相当苦しかったことがうかがわれるものの,それが直ちに自殺に結び付くものと認めることはできず,Aの上記転落事故は,Aの運転の過誤により発生したものと推認される。
(6) 被上告人は,平成8年11月7日,上告人に対し,本件各保険契約に基づき保険金の支払を求める本件訴訟を提起した。上告人は,本件訴訟において,Aの死亡の日から3年が経過するまでの間に本件各保険契約に係る保険金の請求がなかったから,本件時効消滅条項の適用により,被上告人の保険金請求権は時効により消滅したなどと主張している。
2 商法は,損害保険及び生命保険の保険金請求権について,2年を経過したときは時効によって消滅すると定めている(同法663条,683条1項)。本件時効消滅条項は,生命保険の場合には,保険金請求権を発生させる保険事故,殊に被保険者の死亡が保険金請求者の知らない間に生ずることが少なくないこと等を考慮して,商法所定の上記消滅時効の期間を3年に延長したものである。本件時効消滅条項は,その消滅時効の起算点を「支払事由が生じた日の翌日」と定めており,また,本件約款は,上記終身保険及び定期保険特約の支払事由を「被保険者が死亡したとき」と定め,上記傷害特約の災害死亡保険金の支払事由を「不慮の事故による傷害を直接の原因として,その事故の日から起算して180日以内に被保険者が死亡したとき」と定めており,これらの定めを併せ読めば,本件約款は,上記終身保険,定期保険特約及び傷害特約に係る保険金請求について,本件時効消滅条項による消滅時効の起算点を「被保険者の死亡の日の翌日」と定めていることが明らかである。
しかしながら,本件消滅時効にも適用される民法166条1項が,消滅時効の起算点を「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」と定めており,単にその権利の行使について法律上の障害がないというだけではなく,さらに権利の性質上,その権利行使が現実に期待することができるようになった時から消滅時効が進行するというのが同項の規定の趣旨であること(最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁参照)にかんがみると,本件約款が本件消滅時効の起算点について上記のように定めているのは,本件各保険契約に基づく保険金請求権は,支払事由(被保険者の死亡)が発生すれば,通常,その時からの権利行使が期待できると解されることによるものであって,当時の客観的状況等に照らし,その時からの権利行使が現実に期待できないような特段の事情の存する場合についてまでも,上記支払事由発生の時をもって本件消滅時効の起算点とする趣旨ではないと解するのが相当である。そして,本件約款は,このような特段の事情の存する場合には,その権利行使が現実に期待することができるようになった時以降において消滅時効が進行する趣旨と解すべきである。
上記の見解に立って本件をみるに,前記の事実関係によれば,Aは,平成4年5月17日に自動車を運転して自宅を出たまま帰宅せず,被上告人は,同月19日に地元の警察署に捜索願を提出したものの,その行方,消息については,何の手掛かりもなく,その生死も不明であったが,Aが行方不明となってから3年以上が経過した平成8年1月7日,静岡県裾野市の芦ノ湖スカイライン杓子峠展望台広場から直線距離で約120m下方の雑木林の中で,Aが運転していた自動車と共に白骨化した遺体となって発見されたこと,その死亡時期は,Aが行方不明となった平成4年5月ころと推認されること等が明らかである。
上記の事実によれば,被上告人の本件各保険契約に基づく保険金請求権については,本件約款所定の支払事由(Aの死亡)が発生した時からAの遺体が発見されるまでの間は,当時の客観的な状況等に照らし,その権利行使が現実に期待できないような特段の事情が存したものというべきであり,その間は,消滅時効は進行しないものと解すべきである。そうすると,本件消滅時効については,Aの死亡が確認され,その権利行使が現実に期待できるようになった平成8年1月7日以降において消滅時効が進行するものと解されるから,被上告人が本件訴訟を提起した同年11月7日までに本件消滅時効の期間が経過していないことは明らかである。
してみると,これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は,いずれも採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 深澤武久 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 泉 コ治 裁判官 島田仁郎)
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