法律学研究支援室

判例 H15.04.08 第三小法廷・判決 平成14(受)415 預託金返還請求事件(第57巻4号337頁)

判示事項:

1 現金自動入出機による預金の払戻しと民法478条の適用の有無

2 無権限者が預金通帳又はキャッシュカードを使用し暗証番号を入力して現金自動入出機から預金の払戻しを受けた場合に銀行が無過失であるというための要件

3 無権限者が預金通帳を使用し暗証番号を入力して現金自動入出機から預金の払戻しを受けたことについて銀行に過失があるとされた事例

要旨:

1 現金自動入出機による預金の払戻しについても民法478条が適用される。

2 無権限者が預金通帳又はキャッシュカードを使用し暗証番号を入力して現金自動入出機から預金の払戻しを受けた場合に銀行が無過失であるというためには,銀行において,上記方法により預金の払戻しが受けられる旨を預金者に明示すること等を含め,現金自動入出機を利用した預金の払戻しシステムの設置管理の全体について,可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを要する。

3 預金通帳を使用し暗証番号を入力すれば現金自動入出機から預金の払戻しを受けられるシステムになっているのに,銀行がそのことを預金規定等に規定して預金者に明示することを怠っていたなど判示の事実関係の下では,銀行は,真正な預金通帳が使用され,入力された暗証番号が届出暗証番号と一致することが機械的に確認された場合であっても,無権限者が現金自動入出機から預金の払戻しを受けたことについて過失がある。

参照・法条:

  民法91条,民法478条

内容:

 件名  預託金返還請求事件 (最高裁判所 平成14(受)415 第三小法廷・判決 破棄自判)

 原審  H13.12.25 福岡高等裁判所 (平成13(ネ)545)

主    文

    1 原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。

     2 被上告人は,上告人に対し,801万円及びこれに対する平成12年3月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

     3 訴訟の総費用は,被上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人中村佐和子,同橋博美の上告受理申立て理由第2について

 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

 (1) 上告人は,平成10年10月16日,被上告人の長尾支店において,貯蓄預金口座を開設して貯蓄預金契約を締結し,同契約に係る通帳(以下「本件通帳」という。)の交付を受け,その際,キャッシュカードの利用を申し込み,その暗証番号(以下「本件暗証番号」という。)を上告人所有に係る車両(以下「本件車両」という。)の自動車登録番号の4桁の数字と同じ数字として届出をし,そのころ,キャッシュカードの交付を受けた。

 (2) 被上告人は,暗証番号を登録した預金者が通帳又はキャッシュカードを使用し暗証番号を入力すれば預金の払戻しを受けることができるという現金自動入出機を設置していた(以下,この方法による払戻しを「機械払」といい,このうち通帳によるものを「通帳機械払」,キャッシュカードによるものを「カード機械払」という。)。

 被上告人における機械払の手続の流れは,次のとおりである。

 チ 預金者が通帳又はキャッシュカードを現金自動入出機に挿入し,暗証番号及び金額を入力すると,現金自動入出機は通帳又はキャッシュカードの磁気ストライプを読み取って口座の特定その他の正当性をチェックし,暗証番号を暗号化してホストコンピューターに送信する。なお,通帳又はキャッシュカードの磁気ストライプに暗証番号は書き込まれていない。

 ツ ホストコンピューターは,暗証番号,支払可能残高,諸届情報(キャッシュカード・通帳の紛失,支払停止等)をチェックした上,現金自動入出機に対して支払の可否の指示を送信する。支払可能の指示があれば,現金自動入出機は支払処理を行う。

 (3) 上告人は,平成11年11月22日午後9時30分ころ,本件通帳をダッシュボードに入れたまま本件車両を自宅近くの月ぎめ駐車場に駐車したところ,翌23日午前10時40分ころまでの間に,本件通帳を本件車両ごと盗まれた。

 そして,何者かが,同月24日午前8時52分から午前9時56分までの間に,被上告人の福岡支店,大名支店及び西新支店の各現金自動入出機で,合計17回にわたり,本件通帳を使用し,本件暗証番号を入力して,通帳機械払の方法により前記預金口座からの払戻手続を行い,上記各現金自動入出機から合計801万円を引き出した(以下,これを「本件払戻し」という。)。

 (4) 上告人は,同月23日,警察署に本件車両の盗難届出をしたが,その際には本件通帳の紛失に気付かず,同日夜になって本件車両内に本件通帳と弟から預かった郵便貯金通帳を保管していたことを思い出した。

 そこで,上告人は,同月24日午前9時ころ,郵便局に電話で弟名義の通帳を盗まれた旨の届出をし,その後来客に応じた後,被上告人の長尾支店に本件通帳の喪失届出をした。しかし,これは本件払戻しの終了後のことであり,コンピューターにコード入力されたのは同日午前10時53分であった。

 (5) 被上告人のカード規定(しんわカード規定)には,カード機械払の方法により預金の払戻しが受けられる旨の規定があり,また,使用されたキャッシュカードの電磁的記録によってカードの真正を確認し,入力された暗証番号と届出暗証番号との一致を確認して預金の払戻しをした場合には原則として被上告人は責任を負わない旨の免責規定があるが,通帳機械払の方法により預金の払戻しが受けられる旨の規定は,被上告人の貯蓄預金規定,カード規定のいずれにもなく,また,同払戻しについての免責規定もない。なお,上告人は,現金自動入出機でキャッシュカードを使用して預金の預入れをしたことはあったが,同機で通帳又はキャッシュカードを使用して預金の払戻しを受けたことはなく,通帳機械払の方法により払戻しが受けられることを知らなかった。

 (6) 上告人は,被上告人に対して本件払戻しに係る預金801万円の返還を求める訴えを提起し,その訴状は,平成12年3月17日,被上告人に送達された。

 2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件払戻しが無効であり,そうでないとしても債務の本旨に従った履行とはいえないなどと主張して,本件払戻しに係る預金801万円の返還又は債務不履行に基づく損害賠償として同額の金員の支払及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める事案である(預金返還請求と損害賠償請求は選択的併合)。

 3 原審は,上記事実関係の下において,本件払戻しは民法478条により弁済の効力を有するから,上告人の預金返還請求は理由がなく,また,本件払戻しは債務の本旨に従った履行であるから,上告人の債務不履行に基づく損害賠償請求も理由がない旨を判示し,上告人の請求を棄却すべきものと判断した。

 4 しかしながら,本件払戻しが民法478条により弁済の効力を有するものとした原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 (1) 【要旨1】無権限者のした機械払の方法による預金の払戻しについても,民法478条の適用があるものと解すべきであり,これが非対面のものであることをもって同条の適用を否定すべきではない。

 債権の準占有者に対する弁済が民法478条により有効とされるのは弁済者が善意かつ無過失の場合に限られるところ,【要旨2】債権の準占有者に対する機械払の方法による預金の払戻しにつき銀行が無過失であるというためには,払戻しの際に機械が正しく作動したことだけでなく,銀行において,預金者による暗証番号等の管理に遺漏がないようにさせるため当該機械払の方法により預金の払戻しが受けられる旨を預金者に明示すること等を含め,機械払システムの設置管理の全体について,可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを要するというべきである。その理由は,次のとおりである。

 機械払の方法による払戻しは,窓口における払戻しの場合と異なり,銀行の係員が預金の払戻請求をする者の挙措,応答等を観察してその者の権限の有無を判断したり,必要に応じて確認措置を加えたりするということがなく,専ら使用された通帳等が真正なものであり,入力された暗証番号が届出暗証番号と一致するものであることを機械的に確認することをもって払戻請求をする者が正当な権限を有するものと判定するものであって,真正な通帳等が使用され,正しい暗証番号が入力されさえすれば,当該行為をする者が誰であるのかは全く問われないものである。このように機械払においては弁済受領者の権限の判定が銀行側の組み立てたシステムにより機械的,形式的にされるものであることに照らすと,無権限者に払戻しがされたことについて銀行が無過失であるというためには,払戻しの時点において通帳等と暗証番号の確認が機械的に正しく行われたというだけでなく,機械払システムの利用者の過誤を減らし,預金者に暗証番号等の重要性を認識させることを含め,同システムが全体として,可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう組み立てられ,運営されるものであることを要するというべきである。

 (2) 前記事実関係によれば,被上告人は,通帳機械払のシステムを採用していたにもかかわらず,その旨をカード規定等に規定せず,預金者に対する明示を怠り(なお,記録によれば,被上告人においては,現金自動入出機の設置場所に「ATMご利用のお客様へ」と題する書面を掲示し,「当行の通帳・カードをご利用のお客様」の払戻手数料を表示していたことがうかがわれるが,これでは預金者に対する明示として十分とはいえない。),上告人は,通帳機械払の方法により預金の払戻しを受けられることを知らなかったというのである。【要旨3】無権限者による払戻しを排除するためには,預金者に対し暗証番号,通帳等が機械払に用いられるものであることを認識させ,その管理を十分に行わせる必要があることにかんがみると,通帳機械払のシステムを採用する銀行がシステムの設置管理について注意義務を尽くしたというためには,通帳機械払の方法により払戻しが受けられる旨を預金規定等に規定して預金者に明示することを要するというべきであるから,被上告人は,通帳機械払のシステムについて無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたということはできず,本件払戻しについて過失があったというべきである。もっとも,前記事実関係によれば,上告人は,本件暗証番号を本件車両の自動車登録番号の4桁の数字と同じ数字とし,かつ,本件通帳をダッシュボードに入れたまま本件車両を自宅近くの駐車場に駐車していたために,何者かにより本件通帳を本件車両ごと盗まれ,本件暗証番号を推知されて本件払戻しがされたものと認められるから,本件払戻しがされたことについては上告人にも帰責事由が存するというべきであるが,この程度の帰責事由をもって被上告人に過失があるとの前記判断を覆すには足りない。

 したがって,本件払戻しについて,民法478条により弁済の効力を認めることはできない。

 5 以上によれば,原審の前記判断には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,前記説示によれば,上告人の本件預金返還請求は理由があるから,これを棄却した第1審判決を取り消し,同請求を認容すべきである。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田豊三 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 藤田宙靖)

この判例に関する評釈

「最新判例批評」 尾島茂樹(金沢大学教授) 判例時報1843号164頁(判例評論541号2頁)

特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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