法律学研究支援室

事件番号 平成15(オ)422
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成18年03月23日
法廷名 最高裁判所第一小法廷
裁判種別 判決
結果 破棄自判
判例集巻・号・頁
原審裁判所名 福岡高等裁判所??
原審事件番号 平成14(ネ)613
原審裁判年月日 平成14年10月31日
判示事項
裁判要旨 1 監獄法46条2項と憲法21条,14条1項
2 刑務所長が受刑者の新聞社あての信書の発信を不許可としたことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるとされた事例
参照法条
全文

主文

1 原判決を次のとおり変更する。
第1審判決を次のとおり変更する。
(1) 被上告人は,上告人に対し,1万円を支払え。
(2) 上告人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟の総費用は,これを10分し,その1を被上告人の負担とし,その余を上告人の負担とする。

理由

第1 上告人の上告理由のうち監獄法46条2項の違憲をいう部分について表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣旨,目的にかんがみると,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は,受刑者の性向,行状,監獄内の管理,保安の状況,当該信書の内容その他の具体的事情の下で,これを許すことにより,監獄内の規律及び秩序の維持,受刑者の身柄の確保,受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があると認められる場合に限って,これを制限することが許されるものというべきであり,その場合においても,その制限の程度は,上記の障害の発生防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である。
そうすると,監獄法46条2項は,その文言上は,特に必要があると認められる場合に限って上記信書の発受を許すものとしているようにみられるけれども,上記信書の発受の必要性は広く認められ,上記要件及び範囲でのみその制限が許されることを定めたものと解するのが相当であり,したがって,同項が憲法21条,14条1項に違反するものでないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和40年(オ)第1425号同45年9月16日大法廷判決・民集24巻10号1410頁,最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁)の趣旨に徴して明らかである。
論旨は採用することができない。
第2 その余の上告理由について論旨は,違憲及び理由の食違いをいうが,その実質は事実誤認若しくは単なる法令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
第3 上告人の上告受理申立て理由のうち新聞社への手紙の発信不許可の違法をいう部分について1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 上告人は,昭和61年7月,東京地方裁判所において,現住建造物等放火等の罪で懲役18年の判決を受け,平成元年7月,最高裁判所が上告を棄却したことにより同判決が確定し,これに基づき,同年10月5日,熊本刑務所に収容され,同日以降,同刑務所で服役していた者である。
(2) 上告人は,平成11年6月17日及び同月21日,参議院議員A及び衆議院議員Bあてに,「受刑者処遇の在り方の改善のための獄中からの請願書」(以下「本件請願書」という。
)を送付し,また,同年10月4日付けで熊本地方検察庁あてに熊本刑務所職員等についての告訴告発状(以下「本件告訴告発状」という。
)を送付した。
(3) 上告人は,平成11年10月13日,本件請願書及び本件告訴告発状の内容についての取材,調査及び報道を求める旨の内容を記載したC新聞社あての手紙(以下「本件信書」という。
)の発信の許可を熊本刑務所長に求めた。
(4) 熊本刑務所長は,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は特に必要があると認められる場合に限って許されるべきものであると解した上で,本件信書の発信については,権利救済又は不服申立て等のためのものであるとは認められず,その必要性も認められないと判断して,これを不許可とし,上告人に対し,平成11年10月15日,その旨を告知した。
2 本件は,上告人が,被上告人に対し,熊本刑務所長が違法に本件信書の発信を不許可としたことによって精神的苦痛を被ったとして,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料を請求する事案である。
3 原審は,上記の事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求を棄却すべきものとした。
上告人は,本件信書の発信の許可を求める前に,国会議員に対して本件請願書を送付し,また,検察庁に対して本件告訴告発状を送付しており,しかも,本件信書には,刑務所の実情を明らかにして処遇の在り方の改善を図るという上告人独自の信念に基づき,本件請願書や本件告訴告発状の取材,調査及び報道を求める旨の内容が記載されているが,本件信書の発信が上告人の権利救済又は教化改善のために特に必要であるとは認められず,他に特別の必要を認めるべき証拠もないのであるから,熊本刑務所長が本件信書の発信を不許可としたことに違法があるということはできない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。
その理由は,次のとおりである。
監獄法46条2項の解釈上,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は,その必要性が広く認められ,前記第1の要件及び範囲でのみその制限が許されると解されるところ,前記事実関係によれば,熊本刑務所長は,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は特に必要があると認められる場合に限って許されるべきものであると解した上で,本件信書の発信については,権利救済又は不服申立て等のためのものであるとは認められず,その必要性も認められないと判断して,これを不許可としたというのであるから,同刑務所長が,上告人の性向,行状,熊本刑務所内の管理,保安の状況,本件信書の内容その他の具体的事情の下で,上告人の本件信書の発信を許すことにより,同刑務所内の規律及び秩序の維持,上告人を含めた受刑者の身柄の確保,上告人を含めた受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があるかどうかについて考慮しないで,本件信書の発信を不許可としたことは明らかというべきである。
しかも,前記事実関係によれば,本件信書は,国会議員に対して送付済みの本件請願書等の取材,調査及び報道を求める旨の内容を記載したC新聞社あてのものであったというのであるから,本件信書の発信を許すことによって熊本刑務所内に上記の障害が生ずる相当のがい然性があるということができないことも明らかというべきである。
そうすると,熊本刑務所長の本件信書の発信の不許可は,裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用したものとして監獄法46条2項の規定の適用上違法であるのみならず,国家賠償法1条1項の規定の適用上も違法というべきである。
これと異なる原審の判断には,監獄法46条2項及び国家賠償法1条1項の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
これと同旨をいう論旨は理由がある。
そして,熊本刑務所長は,前記のとおり,本件信書の発信によって生ずる障害の有無を何ら考慮することなく本件信書の発信を不許可としたのであるから,熊本刑務所長に過失があることも明らかというべきである。
そこで,上告人の被った精神的苦痛の程度について検討するに,本件信書の内容等の前記事実関係に照らし,慰謝料は1万円とするのが相当である。
第4 結論以上によれば,本件請求は,上記の限度で理由があるから認容し,その余は棄却すべきであるから,原判決を主文第1項のとおり変更する。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 泉 徳治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官島田仁郎 裁判官 才口千晴)

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