法律学研究支援室

要旨

 本件は、早稲田大学において行われた江沢民中国国家主席の講演会において、講演会に参加する学生にあらかじめ提出を求めた、学籍番号、氏名、住所及び電話番号を、本人の同意なく講演会を警備する警察に提出することがプライバシー侵害になるかどうかが争われた事案である。

 原審は、「本件個人情報は,プライバシーの権利ないし利益として,法的保護に値するというべきであり,本件名簿は,そのような情報価値を具有するものであったことが認められる。」としながらも、「私生活上の情報を開示する行為が,直ちに違法性を有し,開示者が不法行為責任を負うことになると考えるのは相当ではなく,諸般の事情を総合考慮し,社会一般の人々の感受性を基準として,当該開示行為に正当な理由が存し,社会通念上許容される場合には,違法性がなく,不法行為責任を負わないと判断すべき」であるとして、他人に知られたくないと感ずる程度・度合い、具体的な不利益の存在、個人情報開示の正当性・必要性を総合衡量して、「事前に上告人らの同意ないし許諾を得ていないとしても,同大学が本件個人情報を開示したことは,社会通念上許容される程度を逸脱した違法なものであるとまで認めることはできず,その開示が上告人らに対し不法行為を構成するものと認めることはできない。」と判示した。(なお、最高裁判決の反対意見(2名)も同旨をとるものと思われる。)

 しかし、最高裁は、本件個人情報は、「秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない」が、自己が欲しない他者にはみだりに開示されたくないとの期待は保護されるべきであるとして、本件個人情報は法的保護の対象となるとした。そして、こうしたプライバシーに係る情報は、本人の「意思に基づかずにみだりにこれを他社に開示することはゆるされない」とした上で、本件は、「個人情報を警察に開示することをあらかじめ明示した上で本件講演会参加希望者に本件名簿へ記入させるなどして開示について承諾を求めることは容易であった」のに、同意を得る手続を執ることなく、無断で個人情報を警察に開示した早稲田大学の行為はプライバシーを侵害するものとして、不法行為を構成すると判断した。

 さらに、本件個人情報の秘匿性の程度,開示による具体的な不利益の不存在,開示の目的の正当性と必要性などの事情は,上記結論を左右するに足りない。として、原審の判断に批判を加えている。


コメント

 本件は、プライバシー侵害の判断にあたっては、原則として、本人の同意を得なければならないものとしたと解される。同意が容易に得られる場合に、それをせずに、本件個人情報の秘匿性の程度,開示による具体的な不利益の不存在、開示の目的の正当性と必要性などを根拠にプライバシー侵害にならないとすることはできないとした点に本件判例の特徴がある。これは、このような要素を考慮したとしてもなおプライバシー侵害となると判示したと解すべきである(後掲法学教室P146参照。なお、別の解釈として、こうした要素は考慮してはいけないと判示したと理解することもできなくはない。)が、本人の意思・自己決定を重視するものとして評価することができる。


この判例に関する評釈

「時の判例」 内野正幸(中央大学教授)法学教室No.281−146頁(2005年)


特に指定がないものは、最高裁判所判決です。
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